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成功したオタクのakiakaneのレビュー・感想・評価

成功したオタク(2021年製作の映画)
3.9
本作は罪を犯したアイドルの推し活をしていた監督と、その友人や家族といった狭い内輪の会話が主である。社会学的な分析やジャーナリズム性はなく、諸問題に対する鋭い意見や解決策が提示されるわけでもない為、そういった内容を期待していた人は肩透かしを食らったかもしれない。
(パンフレットに寄稿されている河昇彬氏の韓国の男尊社会の問題点とフェミニズム運動の拡大、「バーニング・サン事件」「江南駅通り魔殺人事件」などの情報を入れれば、より広範な支持を得られたのではと思う。)
しかし本作の釜山国際映画祭での上映後、SNSで監督たちと同じような経験をしたアイドルファンたちから熱い反応が寄せられ、この度日本で公開されることになったのも、この狭い内輪に「自分がいる」と共感した人が少なくなかったからではないだろうか。

自分の一部を確実に構成していた「推し」が罪を犯したときのショック、もはや黒歴史となってしまった思い出、信じたくない気持ちにどう向き合うのか、自分は被害者なのか加害者なのか悩みつつ、落胆と喪失感からどうやって立ち直るのか。
そんなファンの姿を撮るとき、監督のインタビュアーとしての関係性が伺える。「罪を犯したアイドルとその“ファンダム”について研究・取材しています」という男性社会学者やジャーナリストがインタビューしても、彼女たちファンは“個人”としてここまで赤裸々な本音を語ってはくれなかっただろう。

「あなたの近くにいる女が権力のある男に傷つけられてあなたは見逃すの?」
「イケメンが何?」
「早く消えてほしい」
「彼は自らの人生だけでなくファンの人生も踏みにじり、彼の罪はファンの思い出も汚した」
「電子足輪を付けてほしい。半ズボンで」
インタビューを受けるファンはファンを裏切り、性加害をした元推しを擁護しない。昨今の日本の有名人の性加害の報道のたびに告発者・被害者への二次加害コメントで溢れるSNSを思うと、これらの批判的なコメントを敢えて取り上げた制作陣の性加害を断固として許さない姿勢が分かる。
(パンフレットの監督インタビューによると、事件後もアイドルを支持・擁護する人への聞き取りは当初の目標だった。でもそれは「オッパはそんな人じゃない」と思った時期がある自分が今は違うことを免罪符に、擁護する人たちを揶揄したいだけではと考え、思い留まったとのこと)


ちなみに、全体を通して「女子会」のような作品だと漠然と感じていた。
それは「私が聞いて何か劇的に解決するわけじゃないけど、聞くことであなたが気持ちを整理して、分かってもらえたと、一人じゃないと思えて、少しでも楽になるなら聞くよ」という「オチもない女の無駄話w」と一部に揶揄される、愚痴と駄弁りと癒しと確認の場である。
(こういう会こそ弱音吐けない僕たちつらいよしよししてくれる女がいない自分は弱者ぴえんな輩同士でやりやがれ)

そして専ら二次元が対象で、ファン同士の交流を押し並べて嫌い、SNSでの推し発信がほぼゼロの自分でさえ、コラムニストのカレー沢薫氏の言うところの
「描かれていない意図の幻覚を見たり、発信されてないメッセージを受信しやすく」
「(推しに何かあった時)突然正気を失った人が高速反復横跳びをして去っていったかのようになる」
オタクと言う生命体の端くれ故に、この空間の心地よさがなんとなく「理解って」しまうのだった。

《パンフレット(購入推奨)》
①『推しが性犯罪をおかしたら、あなたはどうする?』を寄稿するのは小説家の柚木麻子氏。もう彼女が寄稿文を書くと決まった時点でこのパンフレットの勝利が確定している。
ある俳優の筋金入りのファンであった一方、彼の性加害に一切の擁護なく明確にNOを突きつけた彼女のTwitterでの発信をリアルタイムで見ていた自分にとって、彼女以上に本作日本語版パンフレットの寄稿文にふさわしい人物は恐らく今世紀中、いや前前前世や来来来世にも存在しないだろう。
※そしてぜひ本寄稿文とともに当時の彼女のエッセイも読んでほしい。
「彼」自身の言葉で、語るべきではないか――料理と食を通して日常を考察するエッセイ「とりあえずお湯わかせ」#18支配者
https://nhkbook-hiraku.com/n/n2e8e11f7d8fd

②『議論を深めていくためのブックガイド』
ファンダムを分析した本や、本作のもう一つのテーマ「自分と向き合う」ことに着目した自身の感情を整理する本、本作の背景となった事件に関する2冊については「目を背けず知っておきましょう」と紹介している。
超個人的な活動である推し活でも、どんなに推しに心酔していても、推しが起こした事件は社会的なことであり、ファンである前に社会の一員の個人としての判断基準と意見を持っている制作陣の姿がとても頼もしい。

(字幕翻訳:本田恵子)
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