ジャン黒糖

アインシュタインと原爆のジャン黒糖のレビュー・感想・評価

アインシュタインと原爆(2024年製作の映画)
3.0
まず先に全然本作と関係ないことに触れるけど、本作で繰り返し描かれるアインシュタイン=平和主義、という人物像に関して思ったこととして、漫画『ONE PIECE』の天才科学者ベガパンクと、彼が生み出したパシフィスタという存在は、結構真面目にアインシュタイン本人の実人生におけるナチスや原爆に対するアンビバレントな心情ともかなり重なる描写として、尾田先生自身ベガパンクは単に舌ペロしている以外でも、かなりアインシュタインに寄せて描いているんだろうなと思った!!!!



さて本作の話。
この映画におけるアインシュタインの言葉は全て、一応手記や会話に基づく、とのことだったけど、奇跡体験アンビリーバボーや仰天ニュースのような再現ドラマ部分に実際のアインシュタインの言葉を載せ過ぎて、個人的には凄く拒否反応の起こる映画だった。

また、76分という上映時間ながら描写にメリハリが無く、作り手からのメッセージも「まぁ、、オッペンハイマーと同じようなメッセージよね…」と感じてしまい、配信されたタイミングも相まって悪くいえばノーラン監督のトレンドに便乗した、とも言えてしまうぐらい、個人的には悪い面の共通点が目についてしまった。


ドキュメンタリーとして描くならまず、当時を知る人物へのインタビューやアーカイブされた紙資料・音声データだけを使っても当時の空気感を浮かび上がらせることも出来たハズ。
ただ、インタビューとかはなく、当時の写真と一部音声以外は再現ドラマや、アインシュタイン役の人の眠くなりそうなナレーションばかりでドキュメンタリーとしてのファクト性が頼りない。
※以降、当時の肉声であるアインシュタインと識別するため、再現ドラマパートの彼は"再現シュタイン"と呼ばせて頂く。笑

本作は前半がナチスの迫害を受けたアインシュタインがイギリスへ亡命、そしてアメリカへ渡米するまで、後半が対ナチスに向けレオ・シラードと署名したルーズベルト大統領宛の手紙に始まる原子爆弾開発、の二部構成で描かれるのだが、それぞれの山場ともいえる場面でイチイチ再現シュタインが邪魔なのよ。。


1933年ナチスが政権を握り、迫害を受け亡命するユダヤ人たちへの支援もひとつの目的として英国ロイヤル・アルバート・ホールで行われた彼の演説場面は、前半終了の山場として、貴重な実際の映像による名言連発のスピーチが描かれる。
平和主義である彼が、先人たちが苦労して導いてきた自由がもたらす恩恵=ファシズム・国家主義が奪うものについて説くこの場面は、折角それだけでも胸アツなのに、その演説に向けて原稿用紙を指ペロしながら書き直したり読み直したりするナーバス気味の再現シュタインはぶっちゃけ要らなかったなぁ。。
せめて当時の映像を補完するのなら、どんな想いで演説に臨んだのか、スピーチ後の渡米がいかに大変だったのか、関係者からの証言や当時の資料などから緊迫したスピーチの状況を語る演出はいくらでもあったハズ。


また、E=MC2(エネルギー=質量×光速の2乗)というアインシュタインが1905年に論文発表した質量とエネルギーの等価性に関するこの公式を、亡命後のイギリスで2人の女性に解説する場面で、うち1人は「エネルギーの解放は危険では」とコメントするのだけど、この再現ドラマの内容が全て実際の言葉に基づくのであれば、この女性がむしろ凄くないか?
僅かな質量でも光速の速さで作用させればエネルギーは膨大な量となることが理論上は可能になる。

ここでこの女性が危惧したにも関わらず、それを間に受けずに平和主義を説いたアインシュタインの考えの浅はかさの方が気になってしまい、後半の原爆開発への後悔の念も個人的にはピンと来なくなってしまった…。


また、これは構成上仕方ないことかもしれないけど、彼なりの原爆に対する後悔の念を、再現シーンで再現シュタインのセリフで代弁させるのはとても違和感を覚えた。
アインシュタインがルーズベルト大統領宛の手紙に署名をしたことが、アメリカにおける原爆開発を加速させたひとつの要因という見方もよくわかるし、実際に当時のアメリカにとってナチスの脅威が世界を滅ぼしかねないという恐怖感があり、それゆえマンハッタン計画が加速したのもわかる。

ただ、そこに対するアインシュタインなりの悔やまれる想いを、当時の手記や映像音声データなどの一次情報や関係者インタビューなどの二次情報ではなく、再現シュタインに語らせるのは、実際のアインシュタイン自身の想いを超えてしまった、作り手の単なるエゴに感じてしまった。

しかも、その作り手の意図が透けて見えてしまうような代弁メッセージも、良く言えばタイムリー、悪く言えば単にトレンドに便乗しただけともいえる、ノーラン監督の『オッペンハイマー』ラストにも似た内容で、「まぁ、、オッペンハイマーと同じような話してたよね…」と思ってしまった。


なんなら、部が悪いことに2作とも似たような、科学者から見た原爆への悔いの話を見ることで、却って他の視点が気になってしまった。

じゃあ政府や軍は原爆をどう思っていたのか、と。


ノーラン監督の『オッペンハイマー』でも語られる通り、トルーマン大統領は確かに原爆投下を決断した張本人だった。
ただ、トルーマン大統領自身は、前大統領ルーズベルト氏が4月に急逝し、急遽副大統領から大統領へ就任となり、就任するまではルーズベルト大統領密命のもと過去極秘に進められてたマンハッタン計画の存在すら知らなかったという。

文民統制とはいえ第二次世界大戦真っ只中、軍部の影響力の強かった時代に、実際はどの程度トルーマン大統領はこの計画を把握していたのか、投下の決断に足るほどの原爆影響をどの程度が把握していたのかはわからない。
マンハッタン計画の責任者はレズリー・グローヴスであり、彼はどこまでの内容をトルーマン政権後、説明責任を果たしてきたのかはわからない。

『オッペンハイマー』そして本作、2作を通じて科学者という一般市民から見た原爆に対する使命感と後悔はよくわかった。
ただ、科学者以外はこれをどう考えていたのか。

本作が『オッペンハイマー』の日本公開にタイムリーな時期に配信されたことで、2作であまり描かれなかったこの"空白"がむしろとても気になってしまった。
『シャドー・メーカーズ』でも観ようかな。
ジャン黒糖

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