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家出レスラーのLCのレビュー・感想・評価

家出レスラー(2024年製作の映画)
3.6
面白かった。

本作の強みは何と言っても、「主人公が今もそこで闘っている」という点。
プロレスラーの実話を描く作品て、最近公開されたアイアンクローでは、もう主人公がプロレスラーとして活動していなかったり、ファイティング・ファミリーだと、ペイジは今WWEにいなかったりするし、どうしても「映画の中だけで完結」する面があったりする。今と切り離して見る感覚、というか。
本作の主人公は、公開された今、作品を見終わった時に気になって調べてみると、今日もスターダムで活躍している人だ。
他にも「作品になり、今も活躍している」人っているけれど、見られる人が限られたりする(流血上等とかある)反面、本作は誰でも安心して見ることができる。

ある日家出した少女が、プロレス道場に拾われ、そこから劇的に生まれ変わる。というわけではなく、作中でも「練習をサボる」「妄想の世界に逃げる」といった描写が出てくる。
現実には、大舞台を前に失踪もしている。何回も失踪する。ベルト戦の直前といった場面のみならず、ある番組直前にも失踪している。その番組は、本作でも出てくる有田哲平さんの番組だった。番組撮影時とんでもなく困っただろうなあ… カメラさんと一緒に赴いたら、いないんだもんな… そういうことを様々な場面でやらかしてきた、それが本作の主人公である。

そんな主人公にとって、ひとつひとつの出会いが今でも大切に思えるのかなと、本作を見ているとそう感じられる。
同じように帰る場所のない人が、夜中の秘密練習に付き合ってくれたり。君の家はここだ、と言ってくれる人がいたり。性接待を求められそうな時に守ってくれる人がいたり。真剣に応援してくれる人もいた。
作中でも言葉にしてくれる人がいるけれど、そういうものを描きたかったんだろうと思う。受け入れてくれた、血の通った言葉を交わしてくれた、目立たなくとも強く信じてくれた、守り支えてくれた、そんな人たちの思いを、もう逃げずに背負って立つ。
だからこそ、本作は「この技がすごい」とか「この試合が今でも語られる」とかっていう、所謂プロレスファンだからこそ楽しめる系、ファンが語りたがる系の要素の描写が少ない。世界一の団体に移籍したタカラ(作中名)選手と、スターダムで試合したこともあるのだが、そういうのは出てこない。本作を見れば、その試合のストーリー性はわかりやすいし、面白さも理解できるんだけれどね。
つまりそれは、スターダムを去った者と、スターダムに残り、スターダムを支え、スターダムを守ってきた者との闘いなのだ。
余談だけれど、この試合は、冒頭マユランドで「三冠達成、IWGPも」とチラッと言う、その夢のIWGPの、女子初戴冠者を決める試合でもあった。

プロレスに馴染みのない人にも見やすく、わかりやすく、親しみやすく。
主人公の魅力のひとつは、間違いなく「親しみやすさ」であると思う。
プロレスはそこが難しい世界でもある。どんなに勝ってベルトを獲得しても、それが人気に直結するわけでもない。どんなにヒーローになりたくても、自然とヘイトを集めてしまう人もいる。
「応援したい」という気持ちを如何に獲得できるか。
まあ、作中のファンのように、「負けるところを見たい」みたいな人たちもいるけれども。色んな人の色んな種類の「応援したい」気持ちを獲得できる何かがあった、ということだね。

作中「3分で体力が尽きる」と言われる彼女の特徴的な戦闘スタイルは、「ゾンビ」と呼ばれていたりする。
プロレスラーにはそれぞれ必殺技があって、相手の体力を削って削って、仕上げでそれを1発当てれば勝てる、という、基本的にはそういう立ち位置の技。
主人公の「ゾンビ」とは、相手の必殺技を全て耐え切り立ち上がることを指す。
この技をくらってしまった、これは勝敗がついてしまう… その時に、主人公は肩を上げる(両肩がリングに3カウントの間ついてると負けるので、片方の肩を上げることができれば試合は続行される)。
何度も何度も必殺技を受け、倒れ、3カウントの度に身を捩り、立ち上がる。
3分で体力が尽きる彼女の、驚くような戦闘スタイルの確立は、本作中ではぼんやりとしか描かれないけれど、知るとより面白い。
ちなみに、世界を舞台に活躍するレスラー達も、本作の主人公と闘った後で「どうすれば勝てるかわからない」とコメントを残すことは、ある。いつもなら決まる技で勝負が決まらないから。ゾンビだから。そのスタイルを支えるのは、「絶対諦めない」気持ちである。
その気持ちをどのように獲得したかという点は、本作を見るだけでも何となく、その欠片を垣間見られるのではないかと思う。

まだまだ面白い付属的なお話はあって、作中のグッシーさんは、恐らくプロレス界隈(国内外含む)では良くも悪くも「超」有名な人だ。
この人、「他のプロレス団体が虫の息になるのも構わない」と思わせる引き抜きをしたりする。
作中で WFF という世界一の団体からのオファーを蹴り、スターダムを選んだ主人公が、「居場所をくれてありがとう」と伝える場面があるが、その後、スターダムが虫の息になってもおかしくない引き抜きを試み、別の団体を立ち上げていたりする。主人公は、それを経て尚、今もスターダムにいる。かっこいいね。

少し本作からは逸れてしまうけれど、主人公がテレビで見た、小さくて強い人。
この人は、実際本当に小柄なのだが、いじめにも見える程の絶望的な相手との差を、観戦している人の目の前で飛び越えてくれる、そんな選手。
この人が大切にしていたのが、前述の「絶対に諦めない」気持ちである。
そして、戦績に悩むとある外国の選手が、この人のもとでその気持ちを学んだところ、戦績が目に見えて上向いた。
彼は今、作中でも何人かが移籍していった世界一の団体、そこにいる。
「絶対に諦めない」気持ちを獲得した者たちが、今日もそれぞれの場所で闘っているんだね。

学校へ行けず、ひきこもり、家にも居場所がない。チャンスが巡ってきてもプレッシャーに耐えられない、頑張れない、逃げてしまう。そんな人たちが、ひとりでも多く本作に出会えますようにと思う。
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