櫻イミト

Les Amants de Teruel(原題)の櫻イミトのレビュー・感想・評価

Les Amants de Teruel(原題)(1962年製作の映画)
4.5
原題邦訳「テルエルの恋人たち」。ソフト化が望まれ続けている史上最高の暗黒バレエ映画。主演は「赤い靴」(1948)で助演したフランスを代表するバレリーナ、リュドミラ・チェリナ。監督は「サレムの魔女」(1956)のレイモン・ルーロー。撮影はジャン・ルノワール監督の名作群を手掛けた甥のクロード・ルノワール。

路上バレエ劇を上演するジプシー舞踊団の花形イサ(リュドミラ・チェリナ)は、公共広場でリハーサルの最中だった。演目はスペインの悲劇伝説に基づいたグランギニョル「テルエルの恋人たち」。実はイサには旅に出てしまった想い人がいて、待つこと3年と1日目となる今夜までに帰らなければ別れる約束をしていたのだった。上演が始まり悲劇の主人公役に没頭していくうちに、イサの精神は現実と幻想の間で混乱していく。。。

存在を知りながら観る事をすっかり諦めていた一本。先般、テレビ録画したものがネットに挙がっているのを見つけてまさかの鑑賞。想像を超える完成度の耽美怪奇なアート映画だった。

映画の作りは「赤い靴」の幻想バレエシーンや、ベルイマン監督がオペラを映画化した「魔笛」(1975)のようなイメージ。セリフは少なく芝居や踊りで語っていくアート的な演出だが、映像が面白く物語もシンプルなので解らないとか飽きたりすることはない。

その美術は耽美暗黒で貫かれ、小人、火吹き男、筋肉隆々の黒人と見世物小屋的な世界観の中で超絶技巧のバレエと残酷悲劇が繰り広げられる。

美術配色はピカソの「青の時代」を彷彿とさせ、幻想シーンにはキリコの絵画に登場するのっぺらぼうの群衆がオーバーラップする。さらに特筆すべきは、主要登場人物以外の脇役や観客たちは全員モノクロ衣装とモノクロメイクを施しており、あたかもモノクロ映画の中で主要人物だけがカラーで動き回っているように見える。現在であればCGで似たような表現するのは可能だが、本作のアナログ表現にはCG以上の迫力が感じられた。

闇のセットの中、白い衣装で踊るリュドミラ・チェリの姿は耽美そのもの。終盤に向けて狂気を帯びていく表情は怪奇映画を思わせるほどで、「リング」の“貞子”の原型のような佇まいだった。

女優が演技にのめりこみ現実と妄想の境界に迷う設定は後の映画やアニメ作品で何度か観た覚えがあるが、本作が遥かに先駆と言える。美術も世界観も耽美を極めているので、アングラ・カルチャーが好きならば必見の一本だろう。

VHSも含めて世界で一度もソフト化されていないのは既にロストフィルムということだろうか?しかしテレビ録画が残っているので発掘の可能性は高いと思う。ぜひ再び陽の目を見ることを切に望みたい。

レイモン・ルーロー監督は「サレムの魔女」も凄く好みだったので、日本語版は殆ど出ていないが他の作品も追いかけてみようと思う。

※ “テルエルの恋人”伝説と、13世紀スペインの町テルエルで起こったとされる悲劇~伯爵家の娘イサベルと平民の少年ディエゴは身分差の恋に落ちるが結婚を許されず、ディエゴは5年の期限で金を稼ぎに旅に出る。そして期限の日にディエゴが戻ると、イサベルは両親の決めた相手と婚姻式を挙げていた。その夜、ディエゴはイザベルの寝室に忍び込みくちずけを懇願するが、婚姻式での神への誓いに反することが出来ず・・・。テルエルの世界遺産サン・ペドロ教会には横たわる二人の彫像をあしらえた石棺が収められている。
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