櫻イミト

午後の遺言状の櫻イミトのレビュー・感想・評価

午後の遺言状(1995年製作の映画)
4.0
大女優・杉村春子(当時89歳)の最後の主演作。新藤監督のパートナー・乙羽信子(当時70歳)の遺作。キネマ旬報ベストテン第一位、日本アカデミー賞最優秀作品賞、主演女優賞、助演女優賞など、国内各映画賞を独占した一本。監督・脚本は新藤兼人。

老齢の大女優・蓉子(ようこ)は、避暑のため長野の別荘に滞在する。そこで別荘管理人の豊子と共に様々な出来事に遭遇する。別荘の庭師・六兵衛が棺桶の釘を打つための大きな石を残し自殺、重度の認知症になったかつての女優仲間・登美江との再会、そして亡き夫の過去の不倫を知るのだが。。。

シンプルに面白かった。本人役とも言える杉村春子の貫禄ある存在感と等身大の親近感に惹きつけられた。乙和信子はセリフが棒読みで違和感を感じたが、後から癌と闘病しながらの出演だったことを知り腑に落ちた。認知症夫婦が赤い風船を手に海岸を歩くシーンは強く印象に残った。

テーマは高齢者の終活。しかし深刻には描かれずヒューマンでユーモラスな喜劇タッチで展開する。映画の冒頭で語られる六兵衛84歳の遺書は「もう、これまで」という一言。高齢者にとって“死”は避けられない身近なことであり、その事実を起点に“人生とは何か”を描き出そうとしている。高齢者でない自分には完全には理解できないが、登場人物たちの姿から共通して感じたのは“達観”という言葉だった。様々な思いを胸に、主役の二人は自分のするべきことをし明日に向かう。

新藤監督にとっては生涯のパートナー乙羽に捧げる一本だっただろう(彼女は本作撮影直後に逝去された)。二人の作品を多くは観ていないが、過去作へのセルフオマージュとわかったのは地元で縄文時代から伝わると言う結婚の儀“足入れ式”のシーン。麿赤児と大駱駝艦によるプリミティブな舞踏と白塗りの嫁の姿は、新藤監督&乙和信子のATG前衛作「鉄輪」(1972)を想起させる。個人的に同作は失敗作と感じたが、二人にとっては全盛期に手掛けた忘れがたい挑戦作だったのかもしれない。

本作は、歳を重ねてから見たらさらに感慨が深まると思われる。名監督・名女優のキャリアが充分に活かされた傑作。新藤監督の過去作品をもっと観てみたくなった。
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