カルダモン

SELF AND OTHERSのカルダモンのレビュー・感想・評価

SELF AND OTHERS(2000年製作の映画)
4.5
牛腸茂雄[ゴチョウシゲオ](1946〜1983)という写真家を知ったのはたまたま見ていたNHK日曜美術館の特集だった。何気なく見ていたのだが、少し淋しい雰囲気を醸す作品の数々にいつのまにやら釘付けになり、その勢いのまま渋谷PARCOでやっていた写真展『はじめての、牛腸茂雄。』に滑り込んだ。(2022年11月)

幼少期より脊髄カリエスという難病を患い背骨が曲がった奇妙な姿となった牛腸は、物心着く頃には長くは生きられないとわかっている人生だったそうな。多感な少年期であることを思うと気の毒な気持ちにもなるのだが、彼が撮影した数々のポートレートには人生を悲観するような眼差しは全く感じられなかった。私が牛腸茂雄の立場だったなら、わざわざモデルに対して自分の姿を晒すようなポートレートという手法など選ばずに、独りで風景写真でも撮っていた方が気が楽だと思ってしまうだろう。しかし牛腸はこわいくらいに積極的に被写体と向き合っていて、なにも隠すことなく文字通り被写体を真正面のド真ん中に配置して、モデルからの視線を逃げずに受け止め、ファインダーからじっと覗き返している。その緊張感に体も心も凍りつく感覚になるのだが、同時に柔らかくて穏やかな空気も流れていて、緊張なのか緩和なのかわからない時間をゆらゆら行ったり来たりする。

『SELF AND OTHERS』と題された代表的なシリーズはとてもシンプルな写真で、それ故に力強い。そう感じるのは私が牛腸の姿を認識しているからなのだろうか。写真が牛腸茂雄によるものでなければ、こんなにも自己と他者を意識することはなかったか。感じ方はもっと違っていたか。などと詮無いことを考える。

さて、この映像作品は牛腸茂雄がかつて過ごした町や道を訪ねて彼の記憶を辿るという一種の回想録のような感触で、長くはない人生の中で精一杯に捉えた世界の一部分が垣間見える。繁華街で、街角で、田舎道で。過去にシャッターを切った場所に立ち、想いを馳せる。幽霊と交信するような静かな時間に触れる。

ナレーションはここ最近存在感が増している西島秀俊。そして牛腸茂雄本人の『聞こえますか』という肉声がこだまして、なんの変哲もない言葉にはっとさせられる。ひょっとしたら路地裏を曲がった先にまだ彼が歩いているかもしれない。そんな視線の重ね合わせをしながら歩く住宅街散歩。

夏の空気を感じる。