一人旅

パサジェルカの一人旅のレビュー・感想・評価

パサジェルカ(1963年製作の映画)
4.0
アンジェイ・ムンク監督作。

二次大戦時アウシュビッツ強制収容所で看守を務めていたリザと、当時収容されていた女囚マルタの再会と過去の回想を描いたドラマ。
アンジェイ・ムンクの遺作。ムンク監督は本作製作途中に交通事故によって39歳の若さでこの世を去った。その結果未完となったが、後にムンク監督の友人たちが編集し直して本作を完成させた。基本的にはムンク監督が生前撮った映像が作品の大部分を占めるが、映像だけでは足りない箇所はムンク監督が遺した写真で補っている。そのため、上映時間は60分とかなり短い。
作品の特性上、中途半端な終わり方をしてしまうのが残念だが、それでも収容所におけるリザとマルタの心のせめぎ合いには繊細さと緊張感が張りつめていて見応えがある。マルタを精神的に屈服させたいリザの行動。マルタと恋人の逢瀬の機会をあえて提供したり、連行される囚人たちの中からマルタを選んで救い出そうとするなど、リザはマルタからの信頼を勝ち取ることで彼女の心を自分の手中に収めたいと考えている。厄介なのが、リザはマルタに対する自分自身の行動が彼女に対する同情心、つまりはリザ自身の良心がそうさせているのだと錯覚していることだ。戦時下において、圧倒的有利な立場にあるのは支配者であり、囚人は支配者の権力に隷属することしか許されない哀れな存在だ。たとえリザがマルタに人間らしい感情を向けても、マルタにとってリザは自分や仲間の囚人たちに苦痛を与える恐怖の対象としてしか映らない。ロマン・ポランスキーの『戦場のピアニスト』では、ナチ将校とユダヤ系ピアニストが敵という概念を超えたところで、一人間としての純粋な感情が衝突し理解を生んだ。だが、本作で描かれる看守リザと囚人マルタの関係にそういった人間らしい甘い感情が交じり合う余地は一切与えられない。戦時下における支配者と被支配者の関係は揺るぎないものであり、敵同士の相互理解など望めはしないのだと、かなり突き放した視線で戦争の実態を見つめている。マルタに対して同情心を示していたはずなのに、結果的には自分自身の保身に走ってしまうリザの毅然とした態度がそれを象徴している。ただ、これは形だけは一応完成させた本作品を観た限りの感想であって、もしかしたらムンク監督が生前描けなかった本当の結末は全く違うものなのかもしれない。
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