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アラビアのロレンス/完全版のTnTのネタバレレビュー・内容・結末

4.6

このレビューはネタバレを含みます

 マッチ擦るつかのま"砂漠に砂嵐"身捨つるほどの祖国はありや

 完全版227分の長さを持ってしてしか、この複雑さを語れはしないのだろう。ロレンスのウィットに富んで軽妙な素振りは、マッチの火を吹き消して画面を真っ赤に染め上げてしまうような神話へと繋がる。「砂漠を渡れるのはベドウィンと神のみ」といわれた土地を渡り切るロレンスはまさに神に位置付けられるだろう。映画前半はバイク事故による死からの、長い名誉挽回劇。前半終わりにはその長い経験と、カイロ本部のイギリス人たちとの浦島太郎状態でもってギャップが生じているのがわかる。打って変わって後半はその神話を再び破壊し、いち人間であることを示すのだが、彼はイギリスにもアラビアにも帰る場所を失った、アイデンティティ喪失の人となる。彼が抱いた神話は結局様々な思惑にとりこまれ、彼はその下の人間でしかなかった。ラストで自身を送迎する車から見たのは一台のバイクで、それは自分の意志で走る、真に自由な姿だったのだろう。そして、冒頭に戻るが、ロレンスがバイクにてスピードを求め、全てを振り払い自由意志にて生きた時、彼は死んでしまうのだ。翌年公開される「大脱走」のラストもまた奇しくもバイクによる逃走が変奏されている。

 ロレンスの最初の行動は基本は自分に従うという精神性で、時には観客の理解も追いつかないが、そこには善を為そうという心しかないと思う。しかし、前半終わりに彼を掻き消さんばかりの祝杯をあげる人々と、その音楽が、彼が如実に時代に飲まれるのを表現している。彼はまた、自身が救った命を処刑せねばならず、そこに楽しみを感じていたと告白する。まさに戦争のスペクタクル、興奮を覚えていく。だからこそ、「No Prisnors!」と叫ぶ前の、理性がほぼ機能不全となっているあの表情が彼の後半の顔となる。また映画で拷問シーンはあったが、その後史実において彼はそれに快楽を認めており、人を雇って鞭打ちしてもらったと自伝で語っている。その業の深さよ。そしてまた史実にて、除隊後すぐに彼が亡くなるのも、戦争が彼のアイデンティティに成り代わっていたと言えるのではないだろうか。

 にしても今作がイギリスの監督の手によるものであるのにも関わらず、愛国心を煽るような作品に全くしていないところに交換が持てる。いや、なんなら当時の世界情勢としては第二次中東戦争l、第三次中東戦争、第四次中東戦争などが起き、再び中東との関係性が悪化している時だったそうだ(wikiより)。サイクス・ピコ条約含む3枚舌外交が尾を引いて、その後のあらゆる火種の原因になっていることを鑑みれば、これぐらいの真摯さ持って当たり前かもしれないが。「RRR」は時代設定としては被っているので、この頃のイギリスのカスっぷりは当国内外から認められているようだ…。

P.S.
 今じゃホワイトウォッシュ的かもしれないがアラブ人を演じきったアレックス・ギネスやアンソニー・クイン、流石だなぁ(アンソニー・クインはアメリカ人なのにイタリア人もアラブ人もやれるのクセ顔すぎるな)。オマル・シャリーフは唯一アラブ人だが、彼がいることで今作のアラブへの真摯な姿勢を感じ取ることができる。ピーター・オトゥールに関しては顔が前後半で全然違く見える。ロレンスが拷問で裸にされた時の既視感は、後に「戦メリ」でボウイがその役を引き継いでいるからか(目の色、金髪、華奢な体といいオトゥールとの共通点多い)。今作も男ばかりが出る映画で、男色のニュアンスが少し仄めかされているとも言える。
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