パングロス

恋化粧のパングロスのレビュー・感想・評価

恋化粧(1955年製作の映画)
3.7
◎ゴジラ監督のベタ過ぎる下町人情メロドラマ

池部良(1918-2010)という俳優は、戦後ブレイクした映画スターのなかでも、二枚目としては岡田英次(1920-95)や佐田啓二(1926-64)よりは輝きに欠け、個性派の三船敏郎(1920-97)や三國連太郎(1923-2013)よりは押し出しが弱い、といった地味な印象が強い。
抑留により復員が遅れ、戦後の復帰作『戦争と平和』(1947年)では29歳、勢い6歳下の佐田啓二ら若手スターの後塵を拝することになったのではなかろうか。

ところが、実際に出演作に接すると、いささかベタ過ぎる脚本の本作にしても、池部良だけは期待以上の演技を見せ、唸らせてくれる。

【以下ネタバレ注意⚠️】




本作『恋化粧』は、日米における大ヒットを記録した『ゴジラ』(1954年)の本多猪四郎監督による、その翌年に公開された作品。

原作は、今東光の末弟で初代文化庁長官も務めた今日出海の小説というが、怪獣映画の監督作品とは思えないほど、新派風の古めかしい題名だ。

題名だけでなく、脚本も古めかしい。
すべてのセリフが誰でも言いそう、思いつきそうな紋切り型。ウェルメイドもここまで来ると、発酵した糠味噌の古漬け同様、臭くて臭くて、とても食えたもんじゃなくなる。

おまけに、俳優たちも脚本のせいか、演出をつけた監督のせいか知らんけど、ガチガチの紋切り型で攻めてくるのだから、思わず「やめてくれ」と叫びたくなる。

いつものハッチャケ娘の岡田茉莉子は、いったいどこへ行ってしまったんだ、ってなもんである。
またまた両国の関取役の千葉信男は、もともと大根だし、相撲取り流にボソボソしゃべるだけなので、アラが出ずに済んでいるが。

全編紋切り型のなかで、本人の地力(演技力とも微妙に違うかな)でその弊を免れている俳優が3人いた。

一人目は、東宝のきゃぴきゃぴアイドル青山京子(1935-2020)、19歳。のちに小林旭の妻となるカワイコちゃんが柳橋の半玉芸者を自由奔放に演じている。

二人目は、我らが越路吹雪女史。
池部良に想いを寄せる芸者初菊を演じていて、やるせない。
我々世代にとって、越路と言えば、シャンソンの女王のイメージが強いが、純邦楽の小唄端唄も三味線を爪弾きながら本寸法に聴かせてくれる(やや、洋楽がかった節回しも感じないではないが)。

そして、何と言っても、池部良だ。
池部の持ち味は、黙っていても自然と醸し出される確かな知性だ。
本作でも、セリフ自体は脚本に制約されてベタなのだが、池部はそれを条件反射的に口に出したりせず、自分の内奥に落とし込んで吐き出すから、すべて嘘がない。
説得力のあるセリフと演技に変じて、我々のもとに届けられるのである。

本作自体のスコアは、よくて、2.6 〜 2.8 といったところだが、池部を中心に、この3人が奮闘してくれたおかげで、一挙に観るべきウェルメイド・ドラマの仲間入りをした。

ぜひ、ゴジラ監督による下町人情メロドラマの首尾と、池部良の深みのある演技の成果を見つめて欲しい。

さて、落穂拾いをいくつか。

池部は、隅田川を航行する、蒸気船タグボート(曳船)の船長。
本来、大学出の仕事ではないが、戦後の就職難のせいか、地縁を頼りにこの仕事に就いたらしい。
池部は、このあたり、ほとんど説明しないのだが、黙っていても大学出に見えるところが、知性の人たる池部ならではだ。

だから、物語の舞台は、柳橋、両国、浅草と、隅田川近くのはずだが、何故か飲屋街が「のんべ横丁」。
えっ、なんで渋谷?
それとも、昔は、隅田川近くにもあったってことなのか?

立ち並ぶ店から色々BGMが流れて来るが、春日八郎の「お富さん」が聴こえる。
本作前年、1954年、夏以来のヒットソング。

仲見世越しに、浅草寺遠望のショットがあるが、浅草寺本堂が、手前に小さい御堂、後ろに巨大な御堂と二重になっている。
浅草寺の国宝だった江戸時代の旧本堂は、1945年の東京大空襲で焼失。
旧本堂を基本に鉄筋コンクリート製で再建することとなり、1951年に起工し1955年に落慶。
現在の本堂が完成するまで、浅草寺の御本尊は、現在、本堂の左手側にある淡島堂を仮本堂としてお祀りされていたとのこと。
*浅草寺公式サイト 本堂
www.senso-ji.jp/guide/guide04.html
*同 淡島堂
www.senso-ji.jp/guide/guide09.html

本作も、貴重な戦後浅草の記録映像と言えよう。

《参考》
*1 「恋化粧」で検索 ※あらすじ未記入
ja.m.wikipedia.org/wiki/

*2 恋化粧
1955年1月9日公開、79分
moviewalker.jp/mv24179/

*3 日のあたらない邦画劇場 恋化粧
home.f05.itscom.net/kota2/jmov/2011_01/110143.html

*4 人生・嵐も晴れもあり!
岡田茉莉子の映画「恋化粧」
池部良と岡田茉莉子の出会いと失恋を描く下町人情劇!
2022-05-09 14:02:48
ameblo.jp/southerncrossagency/entry-12741704468.html

*5 Ishiro Honda Works 恋化粧
www.ishirohonda.com/works/195501-koi/195501-koi.shtml

《上映館公式ページ》
生誕百年 女優特集・第2弾
〈宝塚歌劇出身の2大女優〉
越路吹雪と淡島千景
2024.4.29〜6.7 シネ・ヌーヴォ
www.cinenouveau.com/sakuhin/koshijiawashima/koshijiawashima.html
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