emily

薬指の標本のemilyのレビュー・感想・評価

薬指の標本(2004年製作の映画)
3.4
炭酸飲料の工場で働いていた21歳の少女イリスは、作業中に薬指の先を落としてしまい退職し、港町へ引っ越し。そこで森の中の館で標本技術師と出会い、助手として働くことになる。

芥川賞作家・小川洋子による同名小説を、フランスの女流監督ディアーヌ・ベルトランが映画化。思わせぶりなカメラワークが絶品に光る。前面に人を配置して焦点は後ろに合わせる。前面がぼやけることで幻想的かつ神秘的な光を偶発的に生み出したり、雨や夏の蒸気でふやけたような画を生み出す。常に寄り添う音楽も浮遊感を演出し、現実離れした雰囲気を出しながら、じめっとした空気感を少女のしたたる汗や雨を交わらせ、現実との境界線を行ったり来たりする、ぎりぎりのもどかしさをうまく表現している。小物や色使いも赤を基調にし、温かさとエロスを交差させる。

そのもどかしさは男と女のすれ違いの上でも効果的に生き、同じホテルの部屋をシェアする昼夜真逆の生活を送るイリスと相部屋の男。しかし顔を見て話すことがないからこそ、その妄想が膨らみ彼女の残り香を楽しんだり、溶け込むエロスに侵略されていく。同じように標本技術師と秘密の安息所で息のかかる距離だったり、滴る汗、交わる視線、重なるからだ、直接的な描写はなくとも、物質赤い靴が彼女の心も体も閉じ込めていく。ぴったりな赤い靴を足にはめた瞬間、もう彼女は彼から逃れられない囚われの身になるのだ。脇を固める標本を頼むお客たちも個性豊かで、残す言葉が大きな意味をもたらしたりする。

彼女が選んだ選択には暗闇ではなくあかりが見える。そこには明るい未来が開けているのだ。誰だって好きな人の視線を独り占めしたい。自分だけを見つめてほしい。囚われた彼女の心は、そうして彼の目線を捕える。それは果てしない愛より果てしない孤独を埋めるひと時の安らぎに思える。
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