乾ききった傑作 ＊＊＊＊＊
邦題『狙撃者』。1971年の英国産、異色のノワール、ピカレスク、ハードボイルド作。日本では都市部で数週間上映されただけらしい（2015年1月に有料放送された模様）。マイケル・ケインが剃刀みたいなロンドン・アンダーグラウンドのギャング、主人公ジャック・カーターを演じる冷酷無比な復讐譚。舞台はイングランド中部の労働者都市ニューカッスルに変わり、どこまでも兄の死の落とし前をつけるカーターに痺れまくり戦慄すら覚える1本。
全編ダーティで荒廃し寒々としたニューカッスルの冥界に一直線に切り込み、周囲を困惑と恐慌に陥れるどこまでも乾き切ったカーターの佇まい。カーターの行動は見る者の倫理観や常識を揺るがせる。逡巡や内省、躊躇、葛藤ゼロ、羞恥心、モラルゼロ。情けや駆け引きとは無縁の脳内構造は一般人には共感どころか理解できない。そんなアンチ・ヒーローとして観る者に忘れがたい爪痕を残す。まず英語字幕ガン無視で鑑賞し、大事そうなところは辞書を引き引き2回目を観ました）。
◆物語の骨子
ロンドン・アンダーグラウンドの組織のボス、フレッチャー配下の殺し屋ジャック・カーター。彼の兄が自動車事故で死んだ。カーターは列車に乗り、兄の弔うため兄弟の故郷ニューカッスルに向う。兄の一人娘だけが残された。兄の死に不信感を抱いた彼は一人で真相を探る。当地のローカル・マフィア、キニアの館に単身乗り込むカーター。そして手段を問わない復讐戦が幕を開ける。★
ほぼ無表情で感情を表に表さず、冷たく青い炎を秘めたカーターの瞳。兄の死の真相がわかってから一気に熱を帯び、噴火口みたいに噴出するバイオレンス。ただ兄への想いや愛情や過去の出来事は一切描かれず、情緒的な描写や感情表現はない。あるのは「なぜ」という問いと強烈な殺気と怒り（＊重要な例外あり。ただ1回、彼が内面を垣間見せる）。兄への想いというのは一般的にはわかるが、彼の非情すぎる暴力とのアンバランスが本作の特徴であり魅力。ときおりみえる辛いユーモア。
なにが鮮烈なのか。ロックオンした相手は必ずやる。目的達成のためにはどんなものも人も利用し破壊し顧みないシンパシーのなさ、乾ききった即物性。つまり悲しみやショックがまるまる100％怒りに転換している（ように見える）ことだ。血縁者にしか真にシンパシーを抱かない徹底した線引き。
ケインのどこにいても自宅に居るようなふてぶてしさ、肝の太さ、頓着しなさはあきれるばかり。黒のトレンチコートにショットガン。ケインにとっては『国際諜報局』シリーズ、『アルフィー』『探偵スルース』と並ぶ、役者人生前半のハイライトだろう。
また、舞台となるニューカッスル灰色の空や、荒れてすさんだ街並みと人々の描写が本作の空気を決定している。ここはイングランド北東部の海に近い地方都市。労働者の町。煉瓦つくりの集合住宅、錆びた鉄塔・鉄路、煙突、小雨そぼ降る競馬場、寒々しい桟橋、昏いタイン河、対岸のゲーツヘッドへ航るSwing Bridge、フェリー、クレーンそびえる港湾街。町が本作のもうひとつの主役だ。撮影はニューカッスル周辺全面ロケされた。消滅へ向かい、時が止まったような地方都市でカーターはどんな幼少期を兄と2人きりで送ったのか。ニューカッスルが彼をこんな人間にしたのか。映画は黙して語らない。オール・ロケによる生々しさ。
印象的なテーマ曲はジャズ・ピアニストで映画音楽を多数手がけたロイ・バッド。
いくつかのサイトでは『ダーティー・ハリー』の影響、そしてガイ・リッチーやタランティーノ、北野武に本作が与えた影響が指摘されている。そして類似点が一番多く挙げられているのがブアマン監督の『ポイント・ブランク』である。
ところで邦題の「狙撃者」はカーターではない。スナイパーではないのだ。では誰が狙撃者なのか。それは観ていただきたいが、冒頭の列車のコンパートメントの面子に注目とだけいっておきたい。
・The BFI（英国映画協会）100 - A selection of the favourite British films of the 20th Century（1999年選出、2013年1月のIMDbによるupdate版）の第16位。
・英のトータル・フィルム誌が選んだ「イギリス映画トップ25」の第1位（2004年10月）。
・Time out Londonによる、100 best British film の36位
（年不明、2000年以降に行われた投票の模様）
しかしかなり観る人を選ぶフィルムであることは確か。一般にはカルト・ムービーとされているようだ。
GET CARTER 1971, UK,オリジナルアスペクト比 1.85:1 , Colour, MONO, 112min.ネガ、ポジとも35mm
