スリという行為は、同じ犯罪でも強盗や殺人のように己を誇示するものとは全く逆の性質を持つ。
犯罪を"静と動"に分類するならば、スリは間違いなく"静"にあたる。
道具もいらず、やろうと思えばすぐ出来る、人間の原初的な行為だ。
だからこそ、そこには美しさが宿る。
映画の主人公は、自分の存在を誰かに認めてもらいたいとどこかで願いながらも、それが叶えられない腹いせに、自身の特性を生かせる犯罪行為に及ぶ。
ドストエフスキーの『罪と罰』における犯罪による富の再分配理論を引用したりしているが、結局全ては強がりだ。
冒頭で提示されるように、この映画は彼を裁くものでもなければ、憐れむものでもない。
ただただ行為の美しさと、この時代に生まれた孤独な人間の末路を静観するしかないのだ。