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救命士のnetfilmsのレビュー・感想・評価

救命士(1999年製作の映画)
4.1
 90年代初頭、麻薬と暴力に汚染されたニューヨークの夜の街では、フランク・ピアース(ニコラス・ケイジ)が今日も誰かの命を救おうと救急車で奔走する。彼の仕事はニューヨークの夜勤の救命士だった。季節は蒸し暑さと湿度を感じさせる真夏。この仕事に就いて5年目、去年までは仕事の手際が良く、能力も高く勘も冴え渡ったフランクだったが、もう半年以上、誰かの命を救っていない。青白い顔、すっかり憔悴しきった目をして救急車を走らせる男は、極度の精神的スランプ状態に陥っていた。そんな矢先の木曜日、ビルの最上階で心臓発作を起こした父親を救おうと、巨漢の相棒のラリー(ジョン・グッドマン)とエレベーターのない典型的なニューヨークのビルを駆け上がったフランクはバーク(カレン・O・ジョンソン)に救命措置を施す。浴室で倒れ、ベッドに寝かされていた父親にAEDを当てるも反応はない。やがて死期を悟った2人の救命士だが、バークが生前好きだったフランク・シナトラの『September of My Years』をかけると急に息を吹き返す。フランクは救急車に乗ろうとしたバークの娘メアリー(パトリシア・アークェット)を家族の車で付いて来るようにと諭す。搬送先の聖母マリア病院では今日も救急の患者が列をなしていた。エイズ患者、ドラッグ・ジャンキー、そして12歳の意識不明の患者など病院にはありとあらゆる患者の集まる社会の縮図のような場所である。フランクは病院の駐車場でメアリーと幾つか言葉を交わすが、早速次の救急車の依頼が舞い込み、気が休まることがない。

 たくさんの人種が集まる雑多な都市ニューヨーク、昼と夜で180°逆転する街の表情は猥雑でどこか湿っている。フランクは救命士の仕事に就いて5年目であり、もはや中堅のキャリアに差し掛かろうとしているが、日々の激務が彼の精神を日増しに弱らせる。通りに目をやると、彼の眼前には半年前、救えなかった少女のホームレスのローズ(シンシア・ローマン)の亡霊が浮かび上がる。ニューヨークの夜の街、孤独の中で神経症を患う主人公の描写はスコシージの映画の中で3たび繰り返される。『タクシードライバー』のトラヴィス・ビックル(ロバート・デ・ニーロ)はヴェトナム戦争の帰還兵だが、特にやりたいことのない男は中西部からニューヨークの街へやって来て、タクシードライバーの職に就いた。『アフター・アワーズ』のポール・ハケット(グリフィン・ダン)は新興ハイテク企業のプログラマーであり、ニューヨーク出身の典型的なヤッピーとして描かれた。『タクシードライバー』のトラヴィスはPTSDの症状を、『アフター・アワーズ』のポールは会社に奉仕し続けることでノイローゼの症状を抱えていたが、今作のフランクは生と死の境界線を扱う救命士の極限の仕事ぶりにおいて、彼自身が完璧主義過ぎるために、救えなかった命の尊厳に苛まれている。今作のフランクの神経症状は、いわば人の生き死にを見た『タクシードライバー』のトラヴィスと、働き詰めでノイローゼを抱えるポールの症状を同時に抱える人物である。

 夜の街では昼間には絶対に見られない暗闇に居つくジャンキー、プッシャー、娼婦、ホームレスなどがゴロゴロと姿を現わす。フランクは孤独な夜の闇の中で、2人1組で動かなければならない救命士との仕事を抱えながら、相棒となる楽天家ラリー(ジョン・グッドマン)、神の信者のマーカス(ヴィング・レイムス)、血の気の多いかつての相棒トム(トム・サイズモア)の3人と組むが、神経症の彼の精神は一向に救われることがない。フランクはより深い孤独の闇に陥る。半年間、ただの一人の命も救っていないフランクは、自殺願望のあるジャンキーでホームレスのノエル(マーク・アンソニー)の末路が他人事とは思えない。それは仄かに好きになったメアリーも同様である。神父のような顔をした救命士は、幼い頃家族に巫女になると思われていたメアリーに恋をする。互いにカトリック系の学校に通いながら、この街のストレスに耐え切れず、道を違えてしまった男女はやがて巫女や神父になれたかった俗人同士として出会う。「赤い死」という奇妙なドラッグを媒介とした2人の関係性はまさに『タクシードライバー』や『アフター・アワーズ』同様に現実か幻想か曖昧な世界を往来しながら、極めてドラッギーな映像世界の中を漂う。14階でバルコニーの手すりに串刺しになった男の描写は、『明日に処刑を…』のビッグや『最後の誘惑』のキリストの姿を真っ先に連想させる。クライマックスのフランクとメアリーの描写はさながら『ワイルド・アット・ハート』のセイラーとルーラ、『ナチュラル・ボーン・キラーズ』のミッキーとマロニー、『パルプ・フィクション』のヴィンセントとミアに匹敵する破滅的な運命のカップルとしての2人の関係性を描写する。70年代の『タクシードライバー』と比べると社会背景なども相まり、地味な佳作には違いないのだが、『アフター・アワーズ』同様に筆者がどうしても嫌いになれない作品である。
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