青山

独裁者の青山のレビュー・感想・評価

独裁者(1940年製作の映画)
4.5

第一次大戦中、主人公=ユダヤ人の床屋は戦地での任務中に飛行機で墜落し入院することになる。
彼が入院している間に戦争は終わり、独裁者ヒンケルが率いるヒンケル党が台頭していて......。


1940年制作、2つの大戦の間の時期を舞台とし、国名も人名も仮名なものの、ナチスによるユダヤ人の弾圧を、無名のユダヤ人の床屋と独裁者ヒンケル(=ヒトラー)の両者の視点からチャップリンの一人二役により描いた大作。

冒頭から『1917』で観たような塹壕戦が描かれていつもよりシリアスな雰囲気ながらもギャグは盛りだくさんでめっちゃ笑えるし(不発弾のくだりとか逆さ飛行とか好きすぎる)、独裁者ヒンケルとその側近たちもコミカルでなんならお茶目で可愛いくらいのキャラ造形になってます。
そんでも、戦争や迫害というものを笑っていてもそこにある人々の痛みは決して笑い物にしないキッチリした線引きのおかげで不謹慎な感じが一切なく誠実に感じられるところが好き。銀貨の入ったお菓子のシーンとかもみんな隣の人に死なせようとして酷いっちゃ酷いけど国のためになんか死にたくねえしオチがちゃんとあるから嫌な感じにならないのが凄いよね。

ギャグシーンなのに美しい詩情があるのは『街の灯』を観た時にも思ったけど、それが戦争という題材と合わさることで戦時下でも人間らしさを失わない様がそこに投影されている感じもあって感動した。特に、ヒロインのハンナがフライパンで憲兵を殴っていく場面で間違えて殴られたチャップリンがふらふらと歩き出すのがダンスになるところがめちゃくちゃ好きでした。
また、独裁者側のパートで言うと、ヒンケルが広い自室で1人地球儀を持ち上げるとそれが実は風船で、それをぽんぽん蹴ったりして蹴鞠みたいに遊ぶシーンが好き。独裁者ですら1人の孤独な人間にすぎず、世界征服だとかも虚しい夢に過ぎないことが、ボール遊びだけで表されている凄味ですよね。
あと、独裁者陣営の中で側近の1人のガービッチ(=ゲッベルス?)だけが絶対にギャグをやらないクールキャラなんですが、周りのアホさとのギャップで彼のクールさがむしろめちゃ面白くなってるのが良かった。

ユダヤ人の床屋と独裁者。同じ顔の人間が2人出てきたらミステリファンたるものまずは入れ替わりトリックを疑うところですが、本作では入れ替わりが起こるのは最後の最後。絶対やるだろうなと思ってたことが焦らして焦らしてようやく起こるところに「おっ!ついに!」という楽しさがありつつ、独裁者の代役として世界へ言葉を届けられる立場になった床屋が語る長いメッセージのラストシーンの切実さは、直前まで小ボケが挟まれていただけにより際立っていてご静聴してしまいます。床屋とハンナのラブストーリーみたいな側面も少しあるんだけど、そのロマンチックなシーンで「夢」について2人が話していたことがラストのこの最高の演説シーンにも効いてくるのがとても良かった。
また、チャップリンが名もなきユダヤ人と独裁者を一人二役で演じていること自体が、ユダヤ人もアーリア人も、床屋も国の指導者も変わらない人間なんだということを表してもいて、監督脚本主演まで全て自らこなす天才だからこそ作れるとんでもない映画だよなぁと思った。
痛烈な風刺でありつつも皮肉っぽさは薄くピュアで真っ直ぐなメッセージに胸を打たれる超傑作。
チャップリンとヒトラーが同じ年の4日違いで産まれたという作外の事実も知って、また凄味を感じました。
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