なべ

クルージングのなべのレビュー・感想・評価

クルージング(1980年製作の映画)
3.9
 大昔、レーザーディスクを持ってたけど、国内ではBlu-rayも出てなくて、配信もない。観たくても長らく視聴が叶わなかったのだが、ついにTSUTAYAで復刻!ウィリアム・フリードキンのクルージングを数十年ぶりに観た。
 連続ゲイ殺人事件を描いたサスペンス映画なのだが、王道からはちょっと外れた猟奇的な作品。謎解き部分は雑で、一応納得はできるけど強引。でも、それを補って余りある魅力を放ってる。それは当時最先端で最深部のゲイカルチャーを生々しく描いているから。
 フリードキンは、それまでほとんど知られていなかったハードゲイの世界にスポット当てて、スキャンダラスに、ショッキングに仕上げている(確か、ゲイコミュニティから上映反対運動が起こったはず)。
 単身でハードゲイの世界に身を投じる潜入捜査官はアル・パチーノ。何も知らなかったノンケの彼がゲイエリアでレベルアップしていく様がなかなか素晴らしい。観客の好奇心を刺激しながら、より奥により深く導いてくれる。ぼく自身、見ていてハードな性的嗜好に拒絶反応は起こらず、むしろ驚きと興奮に似た心持ちになったのは、やはりフリードキンの目線が真摯で本質を捉えているからだろう。だから謎解きはイマイチでも、ゲイの世界を知るほどに主人公のアイデンティティが揺らいでくる描写がリアルで説得力がある。
 「のめり込みそうで怖い!」上司にそう訴えるアル・パチーノの目が不安に満ちていながらも妙に艶かしい。彼女とのベッドシーンもまるでヘテロであることを確認するかのような違和感を感じさせてなんだがドギマギする。フェラされるところなんて、男性にされてるところを想像してない?って観客の疑念を誘う恍惚の表情が危うくて。

 陰影に富んだカメラも素晴らしく、光の部分を侵食しそうな強い影がすごく特徴的で、性的嗜好のリアリズムをより刺激的に、印象的に見せている。あっけらかんとした昨今の監督とは異なる作家性を強く感じる絵。見応えあるよー。

 劇場公開時は、クリストファーストリートのゲイクラブシーンではほとんどボカシが入っていて肝心の部分は全然見えなかったのだが、今回見たDVDではボカシなし。えっ!と驚くのはまだ早い。話は最後まで聞いて。
 確かに当時は勃起したチンコや拳で押し広げられる肛門など、ハードな男たちの戯れがあからさまに映っていたのだろうと思っていたよ。でもそんなものは一切写ってなかった。そりゃハードコアポルノじゃないから当然か。今さらながら、性器が写ってようが写ってなかろうが、結合していると思われる該当箇所はことごとくボカシを入れるって当時の映倫の鬼規制を思い知ったわ。

 フリードキンといえば、エクソシストでラロ・シフリンが仕上げてきたスコアを全否定してマイク・オールドフィールドのチューブラーベルズをテーマ曲に採用したほどのロック通だが、ここでも選曲のセンスを光らせている。クルージングで用いられたロックミュージックはすべてB級。とんでもなくB級。いやC級かも。でも悪くない。むしろいい。才能のカケラを感じさせながらトップシーンに出られない、エネルギーをあり余らせたスピリットが、異様なアンダーグラウンドの性描写と相まって、とんでもない勢いを生み出してるんだから。もちろんLPは買ったよ。ロックファンなら今どきはもう聴くことのできないやっすいけど確かなロック魂にぜひ耳を傾けてほしい。

 アラのあるストーリーながら、見せ方が巧いので退屈とは無縁だ。ところどころ突然な展開にん?となりはするが、最後まで一気見できる。ツッコミどころは多々あれどおもしろいんだから。
 エピローグがこれまたいかようにも解釈できそうな話で、なんともいえない余韻というか戸惑いを与えてくる。思うに、これは物語の途中で挿入されるエピソードだったのではないか。そうしなかったのは本筋とは関係ないし、犯人を追い詰めるスピード感に水を差すことになるからではないかと思っている。最後に持ってきたら意外にもいろんな含みを持たせることができてわーい!みたいな。
 エンディングではヒゲを剃るアルパチーノが鏡の向こうからじとっとした目線を送ってくる。この眼差しにはビビるよ。思わず目を逸らしそうになったもの。何を言わんとしてるのか、何を問いかけようとしているのか、ひと言では言い表せない絶妙な演技が恐ろしい。この頃のアルパチーノは底知れぬ恐ろしさがある。
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