櫻イミト

クルージングの櫻イミトのレビュー・感想・評価

クルージング(1980年製作の映画)
3.5
「フレンチ・コネクション」(1971)「エクソシスト」(1973)のウィリアム・フリードキン監督がハード・ゲイ社会を扱った問題作。「クルージング」はゲイ用語で「男を漁る行為」の意味。

ニューヨークでゲイの男が殺される連続殺人事件が発生。潜入捜査を命じられたバーンズ刑事(アル・パチーノ)はゲイ・エリアとして知られるクリストファー・ストリートに目星を付ける。そこは黒レザー系のSMゲイたちのたまり場だった。。。

中古パンフレットを購入したのに数年間観ていなかった一本。

全編に渡ってハード・ゲイ風俗をドキュメンリータッチで撮影している。予想していたよりもヘビーな描写は少なく、未知の文化とアル・パチーノの演技を楽しみながら観た。

黒レザーのゲイファッションで身を包み毎晩たまり場に通う主人公は、やがて自分自身がその世界に染まり始めたことを自覚し不安にさいなまれる。これが本作の柱であり大テーマだった。終盤、本人がどのように変わったのかは観客の想像に委ねられる。少なくとも捜査以前の彼とは良くも悪しくも価値観が変わった事は明らかに見えた。

”なぜ男たちがハードSMゲイになっていったのか?”について、主人公や登場人物の姿を通して触れられてはいるが解りやすく深堀はされていなかった。先天的な性同一性障害とは違い後天的な理由があるように描かれていたと思う。レザーのライダースや警官の衣装を好む姿からは男らしさ(≒権力)への憧れを、その衣装で抱き合う光景にはナルシズムが感じられた。

ポリコレ映画が乱発されている昨今。50年以上前にフリードキン監督は同性愛者を史上初めて真正面から描いた映画「真夜中のパーティー」(1970)を手掛けている。その10年後に本作が作られた。

★フリードキン監督のインタビュー
「真夜中のパーティー」に出てくるホモはすでにもう終わった世代の人々であって、この「クルージング」に描かれているのは新しい世代のホモセクシャル、つまりハード・ゲイと呼ばれている人々です。

世を忍んだ前世代のゲイとは違い、新世代のハード・ゲイ文化はファッションやロックなど後のサブカルチャーに大きな影響を与えた。

パンフレットには1980年当時に本作がもたらしたインパクトが反映されていて実に興味深い。
・深作欣二監督寄稿”ハード・ゲイと武士道に「精神の回復」を見た
・フリードキン監督VS石井聡互&都内10大学映研の討論会
・宇崎竜童インタビュー
・陣内孝則とロッカーズの来館レポ

最近のポリコレ映画に登場するマイノリティはこぞって”イイ人”ばかりで偽善めいた雰囲気を感じていたので、本作のアブノーマルさと悲劇が妙に腑に落ちた。

※本作に登場したハード・ゲイたちの姿に三島由紀夫写真集「男の死」(1970)を連想した。本作と同年の石井聡互監督「狂い咲きサンダーロード」(1980)はライダースの暴走族とゲイの右翼団体が戦う話で、それらに共通するのはマッチョ思考である。現在マッチョイズムは社会から排除される傾向にあるが、急進すぎるため必ず反動が来ると予想する。

※深作欣二監督がパンフレットで展開したアメリカのゲイ社会と日本の武家男色社会との比較は非常に興味深かった。武士道に連なる右翼の美学に男色が伴うのは不自然ではない。北野武監督「首」(2022)でも武士の男色が描かれていたが保守右翼的なマッチョ思考だけが強調され美学は表現されていなかったように思う。
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