Mikiyoshi1986

奇跡の丘のMikiyoshi1986のレビュー・感想・評価

奇跡の丘(1964年製作の映画)
4.2
イタリアの名匠パゾリーニ監督が、聖母マリアの処女懐胎からキリストの復活までを描いたホーリー・スペクタクル巨編。

神の不在と懐疑を信条とする無神論者パゾリーニは、一体どういった心境から本作を着手するに至ったのか。
彼は過剰かつドラマチックな演出を一切排し、一貫して均衡と洗練に満ちた視点を保つことで、
新約聖書のドラマ性を否定し、逆説的にドキュメンタリー(記録映像)という方式でキリストの生涯を描くことに成功しています。

また客観的な目線から描きつつも主観性を持ったショットは、キリストが次々に起こす「奇跡」の映像表現を非現実的・超常的なハッタリとして巧みに演出してくれています。
そんなまったく隙のないシークエンスによって、我々は彼の完全主義ぶりを垣間見ることになるのです。

そして本作では年老いた聖母マリア役をパゾリーニの実母が演じています。
劇中でキリストは父母も兄弟も存在しないとする一方、マリアは最後まで彼を自身の息子として崇め敬うのです。
パゾリーニは最愛の母親を聖母マリアに見立てることで、あの憎き父親に汚されることなく愛する我が子を身籠ったという、ある種の純潔性・処女性を母親に求めたのではないでしょうか。

実際、パゾリーニは本作の3年後に「アポロンの地獄」にてギリシャ悲劇オイディプス王を映像化し、自伝的にエディプスコンプレックス(マザコン)を描くことになります。

本作は無神論者パゾリーニが聖書を隠れ蓑にした超個人的な母子愛叙情詩であり、謂わば「アポロンの地獄」以上に彼のマザコン要素を内包させた偏愛映画なのかも知れません。
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