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男ありてのほーりーのレビュー・感想・評価

男ありて(1955年製作の映画)
4.4
昔、母親と黒澤明監督の『生きる』の志村喬について話したことがあった。その際、母親が「小さい頃に映画館で観たけど、志村喬が火葬場の煙突を見ているシーンが一番印象に残ったわ」と言った。
 
「はてな、『生きる』にそんなシーンはなかったけどな」と思いつつ、それからしばらく後に本作を観た時に「なるほど!おふくろが観た映画はこれか!」と膝を叩いた。

これをうちの母親は『生きる』と混同していたのである。
 
澤地久枝著の志村喬伝記本のタイトルにもなった志村喬の主演映画。これも未だDVD化されていないのが大変勿体ない。
 
志村喬作品としては、『生きる』他一連の黒澤作品、『ゴジラ』と共に絶対に外すことのできない作品だと思う。
 
中日ドラゴンズ黎明期を支えた名将・天知俊一(あの天知茂の芸名の由来になった人ですね)をモデルに、野球一徹で家族のことなんか省みなかった老監督の野球人生最後のシーズンを描いた佳品。
 
妻役の夏川静江が良かった。娘役の岡田茉莉子も良かった。チームリーダー役の三船敏郎も良かった。でもやっぱり泣かされたのは志村喬の名演である。
 
前述の火葬場の煙突を静かに見つめる志村喬、墓前に語り掛ける志村喬、妻と楽しそうにお好み焼きをつつく志村喬、一世一代の試合でグラウンドに立つ志村喬、いずれも素晴らしい演技である。
 
いや、ここまでくると演技とかではなく、もうあたかもそこにベテラン二十年の老野球監督が実在し、彼の生きてきた人生がこちらにも透けて見えるかのようだった。
 
ちょっと現代からすればこんな家庭を省みないお父さんは顰蹙を買いそうだけど、でもそういうような生き方しかできなかった男がかつていたことは事実。そして仕事をしていたときが一番輝いていた男がいたのもまた事実。
 
昔、キャサリン・ヘップバーンが亡きスペンサー・トレイシーを偲んで、「夏の風のような人、古い樫の木のような人、そして男が男だった時代の人でした」というコメントを残しているが、まさにこの映画もそんな時代の名画だった。

■映画 DATA==========================
監督:丸山誠二
脚本:菊島隆三
製作:渾大防五郎
音楽:斎藤一郎
撮影:玉井正夫
公開:1955年5月10日(日)
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