Kamiyo

大統領の陰謀のKamiyoのレビュー・感想・評価

大統領の陰謀(1976年製作の映画)
4.0
1976年”大統領の陰謀” 監督 アラン・J・パクラ
脚本 ウィリアム・ゴールドマン

新聞記者の仕事とは何か、ジャーナリズムとは何かを考えるための教科書的な映画。
大統領の陰謀を観て、「新聞記者って凄い!」と思った人は多いのではないだろうか。かくいう僕もその一人。この作品はリアルタイムで観たのが、20代後半の頃、社会人として働いたので、10代後半の頃に新聞記者に憧れていましたので、この作品を観た印象が、また感動して強烈になったことを思い出します。
アラン・J・パクラ監督は後に「推定無罪」や「ペリカン文書」など本作と同ジャンルの佳作を発表しています

あの感動から46年。
NHKBSのプレミアムシネマにて久しぶりに鑑賞。
ワシントン・ポスト紙の新米記者ウッドワードをロバート・レッドフォードが、同僚のベテラン記者バーンスタインをダスティン・ホフマンが演じる。
ウォーターゲート事件を精力的に追いかけ、遂にはニクソン辞任に追い込んだワシントン・ポストの記者、ウッドワードとバーンスタイン。
この映画は二人の記者が事件の真相に辿り着くまでをドキュメンタリータッチで描くポリティカル(政治)サスペンスです。

事件の発端は、1972年6月17日の未明に、首都ワシントンのウォーターゲート・ビルにある民主党全国委員会本部に5人の男が侵入し、パトロール中の警備員に発見されます。
単なる不法侵入であるかのように見えたこの事件に不審の念を感じたのが、ワシントン・ポスト紙に入社して9カ月になったばかりの新米記者のボブ・ウッドワードでした。
その日の午後の保釈裁判で、既に手回しよく政府筋らしい顧問弁護士が付けられていた事と、侵入者の一人がCIAのかつての職員である事が判った事から、彼はこの事件の背後には、何か裏があるのではないかと記者としての直観で感じました。
ボブ・ウッドワード記者に協力するのは、入社6年目で記者としてまさに脂の乗り切ったカール・バーンスタイン記者で、実際に新聞記者であったダスティン・ホフマンの兄が、彼に映画への参加を強力に勧めたという話も残っています。
ワシントン・ポストの編集会議で、政治部長は、ベテランの政治記者に担当させたいと主張しますが、ベン・ブラッドリー編集主幹(ジェィソン・ロバーズ)は、政治家にべったりと密着した政治記者では却ってウヤムヤになってしまう事を懸念し、政治には全くの素人同然の、この一見冴えない二人の記者に担当させる事にしました

面白いのは記者たちの取材の過程。次々に情報源を探したり、口の堅い彼らからどうやって口を割らせるのかとか、
かき集めた断片的な情報から全体像を想像してさらにそこから新しい情報を集める。
そのような彼らの活躍は実際の新聞記者たちの日常の取材を見ているようで、今のような設備もなく電話とワープロを使う当時の姿の描写を見ていると、しかも、当時はインターネットもない。電話も黒電話です。録音機器もないし、すべてメモ、メモだけが真実だったんです。裏証言にしても、その真実を証明することの難しさを、今からは想像できないほど愚直に表現していました。

そして共演のジェイソン・ロバーズがとにかくいい。ロバーズは本作で見事アカデミー助演男優賞を獲得。二人の記者を叱咤し、陰では全面バックアップする上司役なのですが、あの強面にして重厚な演技、オスカー獲得も納得いく素晴らしさ。

この映画が色あせないのは、アメリカ合衆国という国の報道に対する自信と、報道する側のデリケートで緊張感のある判断がリアルに表現されているからだと思います。報道は所詮民間会社の行うこと。相手は政治です。その内容がゴシップで終わるようであれば、報道側の信頼は大きく損なわれます。このギリギリのところでせめぎ合いがとてもリアルでした。報道の自由こそが、アメリカを守る

ワシントンポストの若き二人の記者が、大統領の陰謀を暴いていくアメリカ映画です。
日本映画ではいつも「毎朝新聞」。あっちはちゃんと、「ニューヨークタイムス」と「ワシントンポスト」なんだから、ちょとかなわないや。

「ペンタゴン・ペーパーズ」のラストシーン、ウォーターゲートビルのシーンから始まる。時を遡って続編を見ているようだ。
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