aaaakiko

ロッキーのaaaakikoのレビュー・感想・評価

ロッキー(1976年製作の映画)
5.0
ロッキーの人生における選択が、チャンピオン戦のリングに上がるか上がらないかにあったとしたら、エイドリアンの選択は、ロッキーのアパート前の階段を上るか上らないか、にありました。

30手前の地味女。兄以外とはうまく喋れないコミュ障で街の人にもトロい女(retarded)と言われ、生まれてこの方華やかなことなんか何もなかった。
そんな女が、思い切って男のアパートの階段を一段上りました。
その勇気ははかり知れず、そしてその一段が、彼女の人生を変えました。

この階段前のシーンは名シーンのひとつだと思います。
彼女の逡巡。やっぱり帰る、と何度も言う。それに対してロッキーは、入れよ、何もしないからさ、珍しい生き物がいるんだよ、と誘う。ドアを開けておく。
それでもまだ彼女は迷っている。

タリア・シャイアは特別編DVDの音声解説で、このシーンについて以下のように話しています。

「階段を上っていったとき、《行かなきゃ》と思ったわ。彼女にとって、まったく新しいところへ。
もし上らなかったら、彼女は生きたまま死に、誰にも気づかれない。彼女は精一杯の力でこの階段を上っていったのよ。
この時間は、彼女にとっては100年分にもなる。
階段を上りながら、わたしは生きる(I'm going to live)と宣言をした」

またはこれは、それまでは「コッポラの妹」の域を出ていなかった女優タリア・シャイアがエイドリアンとなる一段だったのかもしれません。
ところで、あのキスシーンのあと2人は結ばれた、みたいなことが定説になっていますが、わたしはそれには異議を唱えます。わたしの可愛いエイドリアンが、Gがいる床になんか押し倒されてたまりますか。あの2人はあれはキスで終わり。立ち上がって、犬の話などして帰ったはずです。
だいたい、昭和な2人には婚前交渉などありえませんよ。
話がそれました。

この映画はロッキーの物語であり、エイドリアンの物語でもあり、そしてまたポーリーの、ミッキーの、アポロ・クリードの物語でもあります。
池波正太郎がスタローンの次作『パラダイスアレイ』について、脇役が良いと書いていましたが、『ロッキー』も、主役ロッキーのみならず脇役がすごく良くて、それぞれにドラマがあって感情移入してしまう。ポーリーは嫌われ者だけど、彼を心底憎む人はいますか?
ミッキーに関しては、出ていった彼をロッキーが追いかける無言のシーンがすべてを物語っています。
そしてロッキーに話しかけられてもうまく答えられないペットショップのエイドリアン。おそらく朝から仕込んだ七面鳥を捨てられる。10分間のスケート場。
ロッキーとアポロの記者会見を、きゃっきゃ言って見ている小さな小さな世界の2人。肉を焼きな、と言われる。女は腰に来る、というミッキーの名言、準備にいるだろといって金をくれるガッツォさん、すべてが美しい。

『ロッキー』を好きな人と話をすると、それぞれに好きなシーンやセリフがあるんですよね。あのシーンが好きだ、あのセリフも良い…そんな話をしているととても楽しい。と同時に、『ロッキー』は本当に美しい詩編のようなシーンが集まってできた、奇跡みたいな作品なんだなと実感します。

そういえば、映画『ロッキー』の誕生秘話が、映画化されるようですね。
それよりも、何年か前からスタローン氏が「ロッキーの前日譚を執筆中だ」とSNSで発信していましたがそっちはどうなったのでしょうか。
できればわたしは、お蔵入りした方のもうひとつのエンディング(2人きりで立ち去るロッキーとエイドリアン)を見てみたいのですが、見られる日は来ないでしょうね。でも、見なくても良いかもしれません。
「帽子は?」と「I love you!」あれ以上のラストシーンは、彼らにはないもの。
aaaakiko

aaaakiko