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大いなる幻影 Barren Illusionのnetfilmsのレビュー・感想・評価

大いなる幻影 Barren Illusion(1999年製作の映画)
4.0
 2階の商業スペースから金庫を盗み出す3人組の若者たち。あまりにも堅牢で重たいその金庫を2階から投げ落とす。2005年の近未来(当時)、友人と音楽制作会社を経営しているハル(武田真治)は、未来の自分に漠然とした不安を抱いていた。夜のクラブ、所在無さげに周りを見回す彼の姿に、友人は「早く消えて、どっかに消えて」と暴言を吐く。居場所のなくなったハルは高架下で、自転車を横に置いたまま泥酔するおじさん(諏訪太朗)の脇を通りかかり、その自転車を盗み出す。高架下で先ほどの金庫の中身を山分けする3人組と出会ったハルはボコボコに殴られそうになるが、その中の1人が静止してこう言う「消えて、消えてちょうだい」と。一方、国外宛の郵便を専門に扱う郵便局に勤めているハルの恋人ミチ(唯野未歩子)は、時々小包をくすねては、ここではない何処かのことを夢想していた。そんな2人の関係がギクシャクしだしたのは、1匹の犬を飼いはじめてからだった。会社を畳んだハルは冒頭で金庫を盗んだ3人組の不良仲間と荒れた生活を送るようになり、ミチは国外へ出ることを試みる。

 今作は映画美学校の1期生たちの2年秋に制作された長編劇映画である。プロの役者は武田真治、唯野未歩子、諏訪太朗の僅かに3名のみで、あとは学生たちと黒沢の盟友とも言うべき豪華なメンバーが友情出演している。木造アパートの部屋は明るい光が差し込む空間だが、そこでボーッとするハルの身体はゆっくりと消えていく。この主人公に起きる何らかの予兆のように、今作では黒沢作品に頻繁に見られた幾つものホラー描写が、ホラーとはまったく関係ない使われ方をしている。ハルの恋人であるミチは、国外宛の郵便を専門に扱う郵便局に勤めている。彼女は窓口業務を担当しているが、どういうわけかそれぞれの窓口は半透明カーテンで仕切られ、差出人の顔を見ることは叶わない。薄暗い地下にある部屋でミチはコピーを取ろうと何度も試みるが、一向にコピー出来ない。どうしたものかと途方に暮れていると、彼女の後ろにこれまでいなかった幽霊のような女性が立っている。ミチは彼女を見た瞬間ぎょっとするが、その女はミチに向かってこうつぶやくのである。「どうして誰も何にもしないの」と。浜辺での抱擁、ユーラシア大陸の地図から消えた日本、海の向こうから流れて来る兵士の白骨化した遺体、ここではないどこかを夢想するミチはグローバリズムの過酷な現実を突きつけられる。海の向こうの「ここではないどこか」への思いは打ち消され、大いなる幻影が立ち現れる。
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