櫻イミト

真紅の文字の櫻イミトのレビュー・感想・評価

真紅の文字(1926年製作の映画)
4.5
19世紀アメリカ文学を代表するホーソーンの小説「緋文字」(1850)の映画化。リリアン・ギッシュ(当時33歳)が自らの主演作として企画し、監督をスウェーデンのヴィクトル・シェストレムに依頼、共演も同じくスウェーデンのラルス・ハンソンを指名した。本作の成功により2年後に同チームで「風」(1928)を制作する。

戒律の厳しい清教徒の町ボストン。新任牧師ディムズデール(ハンソン)とへスター(ギッシュ)は恋に落ち、やがて子を宿す。しかし実は彼女は強制結婚させられた上に夫が出ていったきりの人妻だった。彼女はディムズデールに父親であることを伏せるように説得。自身は姦淫を象徴する赤いAの文字を胸に纏うことを義務づけられる。そして数年後、町に夫が戻ってきた。。。

傑作だった。秘めた思い、視線による会話、禁句と、シナリオの要素がサイレントの技法と見事にシンクロしていて、“究極のサイレント映画”と呼ぶにふさわしい一本ではないだろうか。個人的には傑作と名高い「風」以上に好みだった。

ギッシュはかつての可憐さを残しつつも、自主性の強い女性像を表現している。本人にとってもターニングポイントになった作品のようだ。シェストレム監督に依頼したのは「殴られる彼奴」(1924)を観てから敬意を抱いていたとのこと。

これを意気に感じたのかシェストレムの演出にも熱が感じられた。それまで得意としていた二重露光の幻想演出は抑えられ、カメラワークと役者の演出によって人間の内面を描き出そうと尽力している。森の中で追いカメのフレーム内を行ったり来たりする二人の姿は蝶のようで、自然を自由に生きる美しさを感じさせる。一方、鉄格子の窓からのぞき込む俯瞰の群集は虫かごに入っているかの如くで、戒律に縛られた町がワンカットで示されている。そのように辿れば、最後の牧師の姿は蛹からの脱皮とも受け取れる。しかしその時すでに羽ばたく力は残っていなかった。

ギッシュの自伝によると、相手役のハンソンはスウェーデン語で、ギッシュは英語で演じていたという。「お互い相手の言葉はさっぱり分からなかった。でも言葉はどうでも良かった。一本の力強いドラマの糸がお互いの演技の中に通っていた」。その糸は観客であるこちらにも通ってきた。”サイレント映画”の力に胸を打たれた。
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