素晴らしい。
たまたま手に取ったツァイ・ミンリャンであったが、この作品を機に全作品が観たくなるほどの傑作であった。
セリフはほとんどなく、変化に乏しい長回しが永遠と続くが、なぜか全編観た後には作品全体が鑑賞者の五感を包み込む。
一つには、セリフがなく「ポップコーンを食べる音」や「桃まんをむしる音」,「トイレの蛇口をひねる音」など全ての環境音に意識が集中することによって、明らかにこの作品を観ている者の聴力は研ぎ澄まされている。まさに環境音の勝利であり、その"物音"への集中は映画鑑賞中の聴覚に似通っているのかもしれない。
次にその少ないながらも極めて濃厚な1カット1カットの構図に背負われた映画館という空間の表象が鑑賞者すらも歩かせる。この映画の構図の多くは、移動の出発点と向かう先の両端をしっかり捉えたうえで、1番キマる構図が選択されているように思える。冒頭のトイレの出口と廊下にせよ、館内の席の移動にせよ、階段の下と上にせよ、その完成された構図におさまっている。
とにかく環境音と(ある種の)建築をいかしたカットによって、巧みに映画空間を表出させていた。
素晴らしい。