垂直落下式サミング

ドラキュラの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

ドラキュラ(1992年製作の映画)
5.0
ドラキュラコラボの『イニストラード深紅の契り』発売にあたって、オリジナルに忠実とされるコッポラのゴシックホラー映画を鑑賞。
吸血鬼の代名詞、ルーマニアの串刺し公、ドラキュラ伯爵。知っているつもりだったけど、僕が知った気になってたのはぜんぶパロディだったようだ。
大河ドラマのダイジェスト回のようなオープニング。朱に染まる影絵のような戦場がうつくしい。ここはトランシルヴァニア!神への信仰が及ばぬ地…。
物語の舞台は19世紀末。原作は、当事者もしくは第三者によって綴られた日記や手紙、電報、新聞記事、蝋管式蓄音機などの記録メディアからなる記述よって構成されており、主観のチグハグな文体をつなぎ合わせたフェイクドキュメンタリーのかたちをとっている。これがゴシック時代におけるリアリズムらしい。
映画は、金に糸目をつけてなさそうな美術を背景にして繰り広げられる舞台劇風の芝居の合間に、登場人物が大袈裟に心のうちを述べながら物語が進行していくため、これによって事態の客観性を際立たせていた。
弁護士ジョナサン・ハーカーがドラキュラ城にやってくる場面では、壁に写る影が身体の動きに合っていない悪夢的な存在感を表現していて、そのあとで迷い混んだ寝室では敷布団の下からエロい三姉妹が現れるなど、コンピューターグラフイックスが映画に導入される以前の視覚効果や、大掛かりな舞台装置による芝居のおもしろさを余すことなく堪能できる。主に、こういった金をかけたセットと役者の大袈裟な史劇喋りみたいなのが売り。
特によかったのは、ドラキュラ伯爵のロンドン襲来にともなって、さまざまなエロスとバイオレンスを想起させるイメージが錯綜するシーン。殺人を思わせる血の滴るモンタージュに重なって、ウィノナ・ライダーとサディ・フロストの唐突な百合キス、夢遊病かと思ったら夜の庭園での獣姦など、戒律でガッチガチかと思いきや、婚前交渉だの不倫だのに対しておおらかな価値観で描かれていているのが、耽美的でとてもいい。
とこしえの愛とは何か。流れる血の朱色よりも確かなものがあるだろうか。詩的な趣。襟の尖ったマントを翻して高笑いするハマーフィルムのドラキュラとは、一味違う純愛物語となっていた。傑作。