明石です

宗方姉妹の明石ですのレビュー・感想・評価

宗方姉妹(1950年製作の映画)
4.8
想い人がありながら望まぬ結婚をした律儀で古風な姉と、その姉のかつての恋人に想いを寄せる奔放な妹。明治以前から続くオーソドックスな価値観の姉と、アメリカの占領後に民主化し、新たな価値観を持つことになった「次世代」の妹。歳も離れ、タイプのまるで異なる2人が反目し合い、時に支え合い生きてゆく話。

サイレント期から活躍し、日本映画の黄金期を支えた大スター田中絹代と、当時花の盛りにあったニュータイプのスター高峰秀子の共演により、「姉妹」を軸とした家族ドラマという新たな地平を切り拓いた小津監督の後期作品。これは掛け値なしに素晴らしい。姉妹のドロドロした(けれども純粋さゆえの)悲劇が大好きな私としては、隅々まで大ハマりな一作でした。

「私は、古くならないことが新しいことだと思うのよ。本当に新しいことは、いつまで経っても古くならないことだと思ってるのよ。あんたの新しいってことは、去年流行った長いスカートが、今年は短くなるってことじゃないの。明日古くなるもんだって、今日だけ新しく見えさえすりゃ、あんたそれが好き?」若干の言葉遊びを含んだような田中絹代さんの台詞に、小津安二郎の映画哲学が垣間見える。当時の世相的に、まさに当時の(戦後の焼け野原だった)世相に合っていないという理由から批判の対象となりがちだった自作について、「そのうち理解されるよ」と断言していた彼の心根が不意に表れた素晴らしいシーンだと思う。

物語の後半で、長年連れ添った妻を別の男のもとへ送り出すことになったダメ夫が「仕事が決まったんだ、祝杯をあげてくれよ」と言って酒を頼み、1人で颯爽と立ち去っていく姿に男を見た。どこからどう見ても畜生夫だというのに笑、去り際がカッコ良すぎて思わず痺れる。その直後に流れるように自然死を遂げるあたりもまた粋。いささか突然過ぎはするけど、登場人物の死が突然死でない小津映画なんてあるのか。そして唐突な死こそ人の世の死ではなかろうかい。はてな。

小津映画は男女のこまやかな心理の機微が描けていないとよく言われますが、この作品を見て改めて、描けないというより、意識して描かないのではと思った。主人公がかねてよりの想い人に別れを告げる際、「なんだか暗い影が私について離れませんの」と、肝心な箇所で比喩に逃げてしまうところなんか特に。やや心残りな感がないでもないけど、でもこういう細部をすべて説明してしまわないからこそ、「芸術」と呼ばれうるのかもと思う。全部を全部説明しちゃうのは、それこそミステリーとかそういう領域のお仕事だしね。

京都御所を歩く姉妹の後ろ姿を複数のショットで捉えた後、2人の会話をアップで映し、再度後ろ姿のロングショットに戻り、画面が溶暗していくラストは素晴らし過ぎてううむと唸ってしまった。ショットの美しさとはこういうのを指して言うんだろうなと思う。これを映画館で見てたらしばし呆然としてただろうなとも。

—好きな台詞メモ
「私ああいう人嫌いだなあ。ああいう内緒事みたいな匂いのする人」
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