せみ多論

ペーパー・ムーンのせみ多論のレビュー・感想・評価

ペーパー・ムーン(1973年製作の映画)
4.0
母親が事故死して孤児になったアディと聖書を売りつける詐欺師の男モーゼ、二人のロードムービー。

旅はモーゼがひょんなことからアディを、彼女の叔母の家まで送り届けることになり始まる。
本作は当時の技術ならばカラーで撮ることも可能であったが、メインの二人の金髪碧眼が作中設定の時代にそぐわないことと、カラーではない方が演出として活きるのではないかと監督が考えた上でモノクロの作品にしたそうですが、まこと素晴らしいの一言。
技術は進歩していくとはいえ、それは優劣でありながら、同時に単なる差異であること。美しい画質や美麗なCGの差も、単純な良い悪いとして考えるのではなく、違いとして考えたいと常々思う。本作は最新の技術ではないモノクロであることを、作品というものに合わせて採用している、このこだわりや姿勢だけでもあたくしは満ち足りた気分になる。『アーティスト』も2012年の映画でありながらモノクロ無声の映画で、大好きな一本であることが頭をよぎりました。

彼らは詐欺をしてお金を稼ぐわけだけれども、アディが貧しい人々にはむしろ与える側になることを説く。これによって本来であるならば許されない行為に人情の隙間を空けている。だからそれほど詐欺行為に眉を顰めず鑑賞できるのかな。最後は身ぐるみはがされちゃうわけだしね。

ラストシーン、モーゼがアディを送り届けた後にエンストした車の中に見つける彼女からの贈り物。
道中のカーニバルで彼女が一人きりで撮った月の張りぼてに腰掛ける、寂しげな表情の写真。
写真を見つめるモーゼの表情も切なげで、ふとサイドミラーに目をやると道の向こうからちっちゃな体で一生懸命駆けてくるアディ。
そしておんぼろトラックが二人を乗せて(半分置いてけぼりにしつつ)どこまでも続く道をがたごと走るシーンまでの流れは本当に素敵。

アディ役のテータム・オニールは本作で最年少記録となる助演女優賞を獲得しているそうですが、納得の名演。最初に詐欺の片棒を担いだ時の、ずるっこいような人懐っこい笑顔で引き込まれてしまったなぁ。彼女の表情は見応え抜群で、それだけでもこの映画を観る価値があるといってもいいくらい、そう抜群である。中盤でのイモジンとのコンビも素敵。

作中にたびたび出る問答。「本当にパパじゃないの?」「違う」この答えは明らかにはならない。あたくしは本作ではそれが正解だと思いますし、二人には多分本当はどうかとか関係ないのかもしれない。主題歌に使われている「It’s Only a Paper Moon」にも歌われてるように、作りものの紙の月でも信じれば本物なのである。二人が信じれば親子なんだと思い、そして表紙の写真のように作中にない二人で月に腰を掛ける画が、最後に着地点としてきているのかもしれない、そう考えるととても清々しい気持ちになった。

そんな映画。好きな映画です。
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