ジミーT

男はつらいよ 寅次郎春の夢のジミーTのネタバレレビュー・内容・結末

5.0

このレビューはネタバレを含みます

本作はシリーズ中でも特異な一編だと思います。それはシリーズには珍しい、不倫の恋情が描かれているからです。

確かに、シリーズ中には寅次郎が人妻に惚れてしまうエピソードもありました。しかしその人妻は離婚騒動中だったり、夫が蒸発してたりして普通じゃない。寅次郎も分をわきまえ、1歩も2歩も引いた立ち位置で悩んだり憧憬したりしていました。人妻マドンナも寅次郎に好意を持ったにしても感謝の延長みたいな感じでした。あくまで「寅次郎流騎士道」の世界の話におさめているんです。人妻の生々しい慕情は慎重に排除されていました。

ところが本作は違います。流れ者に対する「人妻マドンナ」の思慕とみられるカットをかなりハッキリ描いています。ワケありでもなく、幸せな家庭を築いている奥さんだから、ちょっとドキッとしてしまう。
ちなみにこれは寅さん自身の話ではありません。男はとらやに居候してしまった、寅さんもどきのアメリカ人マイケル。そして「マドンナ」とはさくらさん、という話なんです。

アメリカから来たセールスマンというか行商人のマイケルがとらやに居候することになる。そしてとらやの人たちは暖かくもてなし、寅次郎が帰ってきて大騒動がまきおこり、という日々のうちにマイケルはさくらさんに惚れてしまいます。そしてついに一線を越え、ストレートにさくらさんに告白してしまう。「アイ・ラブ・ユー。」さくらさんは教わったばかりの英会話で答えます。「インポッシブル。」まあ、当然ですね。

しかしその後、映画はさくらさんが柱にすがって嗚咽する姿を映し出すのです。そして全てが終わり、アメリカに帰るマイケルの乗った飛行機が江戸川上空を飛んでゆく頃、さくらさんはたったひとりで江戸川の土手に座って、空を見上げている。これらはさくらさんのマイケルへの恋情としか思えず、男はつらいよシリーズの女神のようであり、万人の妹であったようなさくらさんが実は女性だったと気づかされた瞬間でもありました。
このエピソードは、「貴婦人への愛」を基調とした寅次郎流騎士道的失恋物語世界ではなく、ちょっと生々しい現実に踏み込んでいたんです。

最後に寅次郎はさくらさんに言います。
「このことは博には言うなよ。」
普通なら居候のアメリカ人に告白されたところで、断ってるんだからとらや一家での食卓の話題にしてもよいような話です。
しかし寅次郎はさくらさんの恋情に気づいていたのではないか。だから一言クギをさしたんだと思います。同時にシリーズ全体にクギをさしたようにも聞こえます。
「世界を守れ。これ以上踏み出すな。あ、それから二度とさくらをこんなことにつかうんじゃねえぞ。」

さらにもう一点、書き留めておきたいことがあるんです。
それは本作がアメリカ映画、あの「シェーン」のリメイクであるということです。あ、これは言い過ぎでした。
山田洋次監督は「シェーン」がお好きらしく、その名も「遥かなる山の呼び声」という映画を作っていますよね。しかし「遥かなる山の呼び声」では、主人公の女性を未亡人にすることにより、「シェーン」の重要な要素である「流れ者への人妻の不倫の恋情」という「不純物」は排除されていました。

しかし山田監督が意識していたかどうかはわかりませんが、同時期に制作されたこの「寅次郎春の夢」には、その「不純物」を含めた「シェーン」の影響が濃厚に現れています。シェーンをマイケル、マリアンをさくらさん、ジョーを博に置き換えると「シェーン」はそのまま「寅次郎春の夢」になるような気がします。
ジョーイ少年に相当する満男にはジョーイのような役は与えられていませんでしたが、そのぶん寅次郎がその役割を引き受けているようにもみえます。アメリカに故郷がありながら異国で行商をやっている三枚目男マイケルはまさしく同じような境遇の自分の分身に見えたかもしれない。そして自分にはできない「一線を越えたストレートな告白」(しかも人妻相手に)をやってのけたその分身は、寅次郎にはヒーローのように見えたかもしれない。最後に交差点で別れの時、寅次郎は心の中で「シェーン、カムバック!」と叫んでいたのかもしれません。

参考資料

「みんなの寅さん 『男はつらいよ』の世界」
佐藤忠男・著
1993年
朝日文庫 朝日新聞社

「西部劇」
増淵健・著
1973年
三一書房
ジミーT

ジミーT