タカナリ

電光空手打ちのタカナリのレビュー・感想・評価

電光空手打ち(1956年製作の映画)
3.1
高倉健、映画デビュー作品。
大正時代・沖縄。ライバルの流派に所属する名越の強さに惹かれ、自身の所属する流派・知倒流を抜け、名越に弟子入りした忍。しかし忍の弟子入りに対し、知倒流の仲間は黙ってはいなかった。

まず注意すべきなのが、この作品は前編です。後編は「流星空手打ち」というタイトルで、当時は同時上映という形で上映されていました。

思ったのが、知倒流の奴らのやり方の汚さ。
話聞いてる限りでは、知倒流の奴らは勝手に名越を敵対視している感じがします。名越は別に気にしてないみたいなんで。自分達の流派が絶対と信じて、他の流派、可能性を認めない感じ。
空手を広めにどちらが東京に行くかも、対決で決めようと言い出しますが、周りはほとんど名越寄りみたいで、それからも知倒流はあまり信用されていない事が分かります。
それもそのはずで、正々堂々と戦わずに当然のように闇討ちをします。気持ちのいいくらいの卑怯ぶり。だけど奴らはそれでも勝てば良く、卑怯とは全然思っていません。むしろ名越を卑怯呼ばわり。意味が分からない。
最初はまともと思ってましたが、名越の方がまともでした。

その知倒流の奴らと名越に弟子入りした忍で、最後は戦いになるわけなんですが、複数 対 一の構図は燃えますね。それを忍が圧倒しているからさらに良い。
非常に見応えのある戦いでした。
忍が素手なのに対して、奴ら普通に武器使っていたの笑っちゃいましたね。ここまで来ると呆れるの通り越して面白い。
どういう教えなんだろうか。

惜しいのが、戦いの途中で作品が終わってしまった事。
もっと見たかったです。せめて戦いは終わらせて欲しかったです。

“空手に先手なし”
という言葉が出るんですが、“威圧”ってことなんですかね。
だとしたら一朝一夕には身に付きませんね。