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カティンの森のTSのレビュー・感想・評価

カティンの森(2007年製作の映画)
4.1
【ソ連が隠蔽し続けた虐殺事件】
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監督:アンジェイ・ワンダ
製作国:ポーランド
ジャンル:戦争
収録時間:122分
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「カティンの森事件」というのをご存知でしょうか。世界史Bを高校時に履修をしていてもややマイナーな部類に入るかもしれません。僕も世界史は好きですが、単語の記憶がある程度です。今作は、第二次世界大戦についての知識がある程度ないと少々厳しいかもしれません。ポーランドがどのような状況にあるのか?この辺りさえ理解しておられれば大丈夫かと思います。

1939年。ナチスのポーランド侵攻により勃発した第二次世界大戦。ナチスとソ連による独ソ不可侵条約の影響により、ポーランドは分割統治されてしまう。カティンの森事件とは、ポーランド将校2万人を無差別に虐殺した凶悪事件のことである。

まず興味深いのが、監督の父が実際のカティンの森事件の犠牲者だということ。そういう背景からも、今作には異常なパワーを感じ取れます。そもそも戦争映画とは、実際の出来事、体験を元に製作されるケースが多いため、それに比例してパワフルな映画が完成するのだと僕は考えています。

今作のカティンの森事件は、事件と命名されてるところからもわかる通り、「〜の戦い」のような戦争の類のものではなく、戦争中に起きたいわば不祥事のことであります。ソ連は長い間この事を隠蔽し続けていました。それどころか、これをしたのはナチスだと罪をなすりつけたのです。
これは戦争の掟でもありまして、勝者こそが正義。敗者の論には耳を傾けられません。それにナチスといえば折紙付の凶悪組織だということで、誰も疑いはしないのです。しかし冷戦が始まると、味方であったアメリカが徐々にその情報を漏らしていきます。

カティンの森事件を起こしたのはソ連だ!

そして1990年、グラスノスチが実施されてからやっとソ連はこの事件を認めるのです。しかし、現在のところプーチンは、この事件はソ連がやったのであり、ロシア連邦がしたことではないとし、謝罪をしていない模様。何たる由々しきことであろうか。まあでもこれは日本に置き換えると、江戸時代の幕府がしていたことを明治政府が謝罪するようなもの。外から見れば同じ国の名前が変わっただけのように見えますが、イデオロギーは全く別物。このあたりは非常に興味深いと感じました。

中盤で流される映像はおそらく本物。かなり痛ましい。白骨化した遺体があれほどあるということで、年月の経過を思わされます。ナチスによるアウシュヴィッツでの大量虐殺を描いた『夜と霧』などでは、痛々しい遺骸が確認できますが、あれにはまだ肉や皮がありました。今作はそれすらない。白骨化した遺体に軍服が纏われているだけ。非常にショッキングです。

とはいえ、終盤まではあまり動きが見られないので人によっては退屈されるでしょう。この事件の犠牲者が日記を残していて、それを妻が探し求めるという話ですから。
しかし、少々退屈というそんな感情は最後で全て消え失せます。R15なのも終盤があるから。タイトルになってるカティンの森、その事件を堂々と描きます。
これには参りました。人々がまるで虫螻の如く殺害されるのですから。祈る瞬間さえ許されない。ソ連は、これはジェノサイドてはないと言及しているそうですが、これをジェノサイドといわずに何というのであろうか?
すさまじい衝撃とともに、亡霊の世界へと誘うかのような1分間の暗黒、不気味な賛美歌のあとに音楽なしのクレジットです。カタルシスなんて微塵も感じられない。「事実」を映したまでです。この淡々とした最後10分程は、映画史上においても評価されるべきものだと思います。

何故死なねばならないのか?

戦争に対する根本的な問いの一つです。根本的な問い程答えるのは容易ではありません。今作は、その問いに答える一つのヒントにもなっています。
このカティンの森事件、相当ショッキングですが、実はこのような大量虐殺は歴史的にみてもどの国でも行われていたと思われます。秦と趙における長平の戦いでは、捕虜になった人40万人が生き埋めにされたと伝えられています。魔女狩りやカルタゴ戦争、インディアン撲滅、そしてアウシュヴィッツなど、挙げればキリがありません。従って、このカティンの森事件だけが特別ということではありませんが、それを映像化したというのは一つの評点になると思います。

良いか悪いかというより、見ておくべき作品だと感じました。
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