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めしのcyphのレビュー・感想・評価

めし(1951年製作の映画)
4.0
いまのところ成瀬作品でいちばん好きだけどそれはひとえに原節子という怪優のパワーでもある……「絵に描いたように幸せな奥さんね」と周囲の人々に幾度となく表され、その度に曖昧な笑みで返す三千代はけして幸福とは言いがたい その不幸をはっきり焼きつけるのが、急に転がりこんでくる地雷系女子らしい姪の存在であり、姪に対してデレデレするばかりの夫の態度であり、夫に言ってほしかった台詞(「僕はキミみたいに感情をべたつかせて他人に迷惑をかける人は嫌いだな」「布団くらい自分で敷いたらどうだ」)を代わりに全部言う義理の弟の態度との落差、あるいは従兄弟のじっと見透かしたような瞳でもある

言葉の力を借りるでもなく、怒りややるせなさ、どうしようもなく立ち尽くす気持ちをその表情と立ち姿(あるいは台所での立ち振る舞い)だけで表してしまう原節子はやっぱり最高に最高だ 大阪へ向かう列車を線路と同じ高さで見送り、川辺に降りていき、わたしよりずっと幸福に見える(あるいはかつてのわたしくらい幸福そうな)人々とすれ違いながら川辺を歩いていくショットがめちゃよかった その背中の雄弁さよ

原作は作者の逝去により全体の3分の2(東京へ夫が迎えにくるところ)までで止まってしまっていたそうで、夫を許し大阪の暮らしへ帰っていくラストは「離婚は避けてほしい」という映画会社からの要望を汲むかたちで決まったものだったらしいけど、そんな背景を知らずともあのエンディング、あのモノローグが偽物であることは誰にでもわかる 三千代のあのごちゃ混ぜになった感情が、あのビール一本のやり取りですべてすっきり晴れるわけもなく、また(真相は誰も知る由がないが)林芙美子の広げた大風呂敷がそんなちんけな旧時代的美徳にねじ伏せられるわけもない 出来合いのラストを付け加えられているもののあくまでこの夫婦の物語は未完である、というところにむしろこの作品の美しさはあるように思った

余談 結婚5年のこの夫婦に子どもがいないこと(代わりに子猫に愛情を注いでいること)の不自然さは作中ところどころで強調されていたけれど、直接話題に上ることは一度もなく、そのデリカシー?もよかった 子作りのプレッシャーから解放されたレス夫婦ってかんじにも見える それが原節子の願うところならぜんぜんそれでいいけど、もしそうじゃないとしたらますます燃えるような恋愛結婚からの飯炊き女への落差でかすぎてつらすぎ……と想像して悲しくなった
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