燕鷲

三月のライオンの燕鷲のレビュー・感想・評価

三月のライオン(1992年製作の映画)
4.0
"March Comes in Like a Lion"

羽海野チカの大ヒット漫画(と、それを原作とする派生)作品『3月のライオン』について語られることは多くても、矢崎仁司が90年代の初頭に発表した1本の映画『三月のライオン』に日が当たることは少ない。
たとえ言及されていたとしても、大抵は「なんとなくフンイキが……」で終わっているものばかり。
如何にも純文学的なファクターの数々で構成されていることは認めよう。バブル崩壊の予感と昭和天皇崩御の余韻に満ちた気怠い空気や、ブローアップされた16mmの淡い映像も、確かに儚げ(或いは退屈)だ。

英題の諺には、

"And Goes Out Like a Lamb."

という続きがある。

氷の季節と花の季節の過渡期である3月は、嵐のように始まり、やがて穏やかに過ぎ去っていく。
妹は知っていた。いつかアイスが溶けてしまうこと、凍っていたハルオの記憶が戻ってしまうこと、想いを寄せる兄との偽りの恋愛関係が消えてしまうことを。
生命が芽吹き、閉ざされていた世界が露になる季節の到来は、誰にも避けられない。それが3月の宿命なのだから。

二人もまた、兄妹は兄妹であるという宿命からは逃れられなかった。
恋人だった“アイス”の正体を知り、壮絶な苦悩と嗚咽の末、愛する“妹”を支えようと覚悟を決めた兄。
もう帰ってこない“ハルオ”を想いながら、それでも自分を愛してくれる“兄”の前で、子供のように泣きじゃくる妹。

真っ当なドラマとは言えないだろう。しかし、この物語を「フンイキ」の一言で片付けてしまうのは惜しい。

どこまでも痛々しく、そして、愛くるしい、優れたファンタジーである。
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