アラカン

羊たちの沈黙のアラカンのレビュー・感想・評価

羊たちの沈黙(1990年製作の映画)
4.0
ずっと気になりつつも劇場で見たいという気持ちがあり、今回ようやく目黒シネマにて念願叶えることができた。

人畜無害そうな見た目して1番やばいやつの原点にして頂点。アンソニー・ホプキンスが最初オファーを断ろうとしたけど脚本読んで快諾したというような話を聞いたことがありワクワクしながら上映を待っていたら登場シーンの不気味さにボルテージが上がりまくった。瞳孔終始ガン開きで前全まばたきもしないし。

「さがす」の清水尋也の登場シーンには不気味さと艶めかしさが入り交じって恐ろしかったけど、レクター博士は純度100%の不気味さ直球すぎるが故にもはや純新無垢な印象すらあった。それがまた気味悪くて素晴らしい。
ジョーカーを演じた俳優が心身を疲弊していくように、この役柄も相当な負荷があったのではと思ったが案外本人はあっけらかんとしているらしくとんでもないなと。
あの無機質な話し方は「2001年宇宙の旅」のHALを真似たらしく、確かに思い返してみるとアクセントの付け方もちょっと人工知能ぽい。

名優が名優と呼ばれる理由を後の時代から遡って楽しめるのは若者の特権だし、これからも存分に利用させてもらおう。


ジョディ・フォスターはやっぱり美人。ずっと画面に映っていただいてとてもありがたい。

今作はシーンとか構図などの演出よりも役者の演技に重点を置いているのか、普段見る作品よりもカットが短尺でテンポよく回され、会話ベースに役者の表情を大きく映す時間が多かった。
その中でも印象的だったのがクラリスに対する男性の視線で、作中でも度々言及されている通り、美人のクラリスは常に男の目を引く存在だった。積み重なったそうした経験も彼女がFBIを志願するきっかけの1つとなったが、1人レクター博士は性的な下心なく純粋な好奇心でクラリスと接しているように感じた。
そのためかクラリスも異常犯罪者としてだけでなく、自身を鋭く忌憚なく読み解いていくレクター博士をどこか拠り所にしていたようなそんなような…。
脱走してもあんま焦ってなかったのはそういうことなのかもしれない。

クラリスがFBIとしての矜恃と姿勢を保ちつつも徐々に懐柔されていく様を見て、鑑賞してる自分もいつの間にかレクター博士にある種の信頼を置いていることに気づきより恐ろしくなった。
木嶋佳苗や頂き女子りりちゃんに絆される人達を小馬鹿にしてたけど、全然他人事じゃないんだなと気づいてしまった。
その道のプロの前では我々はあまりに無力すぎるんだなあ。

脱走のトリックも結構定番のはずなのに開扉して覗くまで気づかなかったのめちゃ悔しい。昔からルパンで慣れ親しんでたけれどそれでもわからなかった。何をしてくるか分からないからこそ思考も行動も制限されてしまう。治安を維持してくれている方々はこんな恐ろしい世界で生きてらっしゃるのですね。


バッファロー・ビルの全裸が映った時にレクター博士の精神分析の答えも出て流石だなと。
現代を生きる我々の視点からだと少しズレるかもしれないが、これが上映された当時を考えると同性愛に対する理解も未だ乏しく、それも郊外なら尚のことだったと思う。
幼い頃から抑圧され続け、ようやく去勢できたと思ったら、結局ホルモン値のせいでモツ以外は男のままだった。そんな絶望から生まれる衝動の帰結が女性の皮を被るという思考なのはなんという悲劇だろう。
全然擁護するつもりはないし、この考察は予想の範疇を越えないけれど、環境は容易く人を壊すことを常に心がけなければならないと改めて感じた。

ホラーは苦手だけどグロ耐性だけはあるので、結局スプラッターかサイコホラーしか楽しめないけれど、こういう名作がある分まだ救われる。
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