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たそがれの女心のukigumo09のレビュー・感想・評価

たそがれの女心(1953年製作の映画)
4.3
1953年のマックス・オフュルス監督作品。ドイツに生まれたオフュルス監督はフランスに移り、ナチス占領下のフランスを逃れてハリウッドへ、その後フランスへ帰国し、1957年に54歳で心臓病により亡くなるまで、様々な国で映画を撮った監督である。本作は晩年にフランスで撮った円熟の4作品のうちの1つで『快楽(1952)』の次に撮られたものである。
本作の主演はダニエル・ダリュー、シャルル・ボワイエ、ヴィットリオ・デ・シーカの3人だ。ダリューとボワイエといえば『うたかたの戀(1935)』で令嬢とオーストリア大公の道ならぬ恋を演じた2人で、本作では夫婦の役である。そしてイタリア人のヴィットリオ・デ・シーカはなんといっても『自転車泥棒(1948)』という映画史に残る名作中の名作や、主演2人の演技やテーマ曲がいつまでも印象に残る感動的なメロドラマ『ひまわり(1970)』を監督した人物である。元々2枚目俳優として映画の世界に入った彼は、本作だけでなく、『パンと恋と夢(1955)』や『武器よさらば(1957)』、『ロベレ将軍(1959)』などでも素晴らしい演技を見せている。

『マダム・ド…』という原題の通り、ダニエル・ダリュー演じる貴婦人ルイーズの姓は明かされない。本編中、彼女の姓が書かれていると思われる部分には、ちょうどナプキンが被さっていて見えなかったり、彼女が名乗る時には馬車の音に掻き消されて聞こえなかったりするのだ。この匿名の貴婦人についての物語を『マダム・ド…』というのは洒落ていて面白いのだけれど、このまま日本で公開したのではヒットは難しいという事で、大衆受けしそうな『たそがれの女心』という邦題になったのだろう。

映画の舞台は1900年。華やかなパリの社交界で一際輝く貴婦人ルイーズ(ダニエル・ダリュー)は、ひそかに借金を抱えていて、その返済のために何かを売ろうと考えていた。彼女の豪華な部屋には、数多くの衣服や宝石類が並べられているのだけれど、「この毛皮のコートはまだ必要」「この宝石を売るぐらいなら死ぬわ」となかなか決められない。借金の返済に困っている状況でありながら、身だしなみにこだわる彼女は、わがままでだらしないというよりは、凛としていて粋な女という印象だ。これはダニエル・ダリュー独特の女っぷりによるものだろう。
結局、夫である将軍アンドレ(シャルル・ボワイエ)から結婚祝いに貰った、ハート型のダイヤのイヤリングを売るために、夫に内緒で宝石商(ジャン・ドビュクール)に持っていき、買い取ってもらう。夫にはオペラ鑑賞の際に失くしたと小さな嘘をつくのだけれど、これが大騒ぎになり、新聞が盗難事件と書き立てる。この騒動で宝石商は黙っていられなくなり、アンドレに相談して買い取ってもらう。元々このイヤリングはアンドレがこの宝石商から買って、妻にプレゼントした物だったので、1周して帰ってきたことになる。しかしこのイヤリングの旅はまだほんの序の口でこれから、アンドレの愛人、外交官ドナティ(ヴィットリオ・デ・シーカ)、ルイーズ、またアンドレ、ドナティ、宝石商、アンドレ、ルイーズ…といった具合に持ち主を転々と変えていく。借金の返済のために売りに出されるほど、ルイーズにとって最も不要なものとして考えられたこのイヤリングは、本作においてはただの宝石ではなく、ドラマを円滑に展開させる狂言回しの役割を担っている。そして人と人を結びつけ、あるいは対立させる、愛や運命、死の象徴となっているのである。

空港で出合ったルイーズとドナティが、お互いが乗る馬車の衝突で再会し、次第に仲を深めていく様子が、オフュルス的映像の魔術によって、リズムよくロマンチックに描かれている。特に2人によるダンスシーンは、オフュルス監督の代名詞である流麗なカメラワークで、一緒に踊るように滑らかに撮影されている。2人が柱などで隠れた際に、同じ2人が同じワルツを途切れることなく、同じように踊る別の画面がオーバーラップで繋がれる。こういった画面処理が何度かあり、踊る2人の衣装はその度に異なっているので、2人が何度も会って踊っているというのが表現されている。2人の会話も、ダンスの初めは「4日も会えないなんて」だったのが「24時間も会えないなんて」と変化し、親密さを増しているのが分かる。他の人達が帰っても2人だけ踊り続けていて、音楽を奏でる楽師達さえも「つき合いきれん」と一人、また一人と帰っていき、同じ曲も楽器が減って次第に単調になっていく。ユーモラスでありながら少々寂しくもあり、2人の報われない恋の道行きを暗示しているかのようでもある。

ルイーズは許されぬ恋心ゆえに、ドナティを前に「愛していないわ、愛していないわ」と自制するように言いながら、そっと身を寄せる。いつしか2人の間で「愛していない」が合言葉のようになるのだ。
ルイーズが走行中の列車の窓から、ドナティの手紙をバラバラに破いて捨てる場面では、そのバラバラの紙片が真っ白い雪に変わっていく。ダニエル・ダリューのお芝居と、映像の巧みさでヒロインの心情を雄弁に表現しているのである。ダニエル・ダリューは『輪舞』『快楽』に続いてオフュルス作品3作目という事もあり、監督と相性ぴったりであったことがうかがえる。

本作『たそがれの女心』はオフュルス監督の真骨頂である流麗なカメラワークによる長回し撮影と、それを可能にしている舞台装置、ダニエル・ダリューをはじめとする役者たちの充実ぶり、19世紀末の素敵で豪華な衣装、そしてぐるぐると持ち主を変えていく本作の陰の主役ダイヤのイヤリングなど見どころいっぱいで、何度も観たくなるような魅力にあふれた作品である。
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