マヒロ

ニンゲン合格のマヒロのレビュー・感想・評価

ニンゲン合格(1999年製作の映画)
5.0
中学生の頃に事故に遭い昏睡状態にあったユタカ(西島秀俊)が、10年ぶりに奇跡的に目を覚ます。ユタカは、散り散りになっていた家族に代わり家族の土地を借りて釣堀を経営していた父親の友人・藤森(役所広司)の元に引き取られて暮らし始めるが……というお話。

ストーリーの大胆な省略とそれに付随するシュールな笑い、"家族"というものの暖かさと残酷さを感じさせる物語に、黒沢清印の何か突然起こるのではないかという不穏さでパンパンに張った異様な空気感と、本来同居しなさそうなさまざまな演出がごちゃ混ぜになって、常にこちらの感情を揺さぶってくるようなものすごく奇特な映画。

西島秀俊は『クリーピー』と同じくとにかく空虚で何を考えているのか分からない人を演じているが、この気づいたら消え入ってしまいそうな空っぽさが抜群に合っている。10年間眠ったままだったユタカを気遣いその間に起きたニュースなんかを持ってきて失った時間を取り戻せと言う藤森に対して「失ったものって言うけど何を失ったのかも分からないよ」と呟くシーンが象徴的だけど、ユタカは事故に遭った日から突然10年後の世界に放り出されたようなもので、何をすべきか、何が正しいのかも分からずに彷徨う事しかできない。黒沢映画によく出てくる行き場を失った幽霊が実態を持ったかのような存在で、生きているが故に苦悩すると言う生き地獄を味わうことになる。苦しみや困惑はオーバーに表現せずに淡々と俯瞰した目線で見せるのみだけど、その他人事っぽさが怖くもある。
空虚……というと、もう一人哀川翔演じる妹の恋人が負けず劣らず何を考えているのか分からない男で、あの独特のトーンの声で掴みどころのない事ばかり言うので妙に不気味。黒沢清と哀川翔が組んだ作品は結構あるみたいだけど、これだけで一気に観たくなった。

基本その場で物語が語られると言うことはなく、断片的に紡がれる映像の中で徐々にユタカの周りの状況が明らかになってくる。言葉で語るより映像でと言わんばかりに淡々とした長回しの途中でバシバシカットされるのはもどかしくもあり、容赦無く進み続けるテンポの良さは快感ですらある。停滞しない映画の流れはそのままユタカの感じる時の流れを表しているかのようで、どんなに彼にとって楽しい、永遠に続いて欲しいような時間も、何かちょっとしたキッカケがあれば無情にも過ぎ去ってしまう残酷さがあって、そんな中全てを諦めたかのように無表情を貫くユタカの姿がなんとも物悲しい。

寂しげな空気感の中で唐突に挟まれる変なシーンが無性に可笑しくて、コメディ映画かってくらい派手に何かに激突するシーンがやたらあったりとか、セグウェイもどきみたいな謎の乗り物に乗って街を突っ走る場面のシュールさとか(あの乗り物ほんと何なんだ)、映画のトーンとのギャップでいちいち笑ってしまう。
例えるならば、街中で遠目に起きてるヤバいことをたまたま見かけてしまったみたいな生々しい可笑しさがあるんだけど、それと同じようなトーンで描かれる「死」も同じく生々しくて、底冷えするような恐ろしさがある。どうやって撮ったのか分からないが、マジで死んだようにしか見えない場面でめちゃくちゃびっくりした。『回路』の飛び降り自殺もそうだけど、こういうの描かせたら世界でも右に出る者はいないんじゃないか。

ホラーやサスペンス以外の黒沢清映画は初めて観たけど、そういうジャンルから抜け出すことで却って監督の描きたいテーマみたいなものが浮き彫りになって、より心に響く作品になっていた気がする。

(2019.170)
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