「お前らは俺に殴られたかもしれんが、俺だってどれだけ他人に殴られてきたかしれやしないんだ!!」
今じゃ絶対に理解されない人種・頑固親父の心情がこの言葉に込められている。
時代劇の大スターである阪東妻三郎を現代劇の、しかもコメディに起用した木下恵介監督の野心作。
自分の父親も元気な頃は破れ太鼓のような人だった。
家にいない時は母親と一緒になってリラックスし、いざ帰ってくると戦々恐々となるくだりはまるでかつての我が家を見ているようだった。
だから阪妻がライスカレーを食べながら昔を思い出して涙するシーンを観ていると、親父もどういう気持ちでガミガミしていたのだろうと……。
それにしても阪妻のパワフル演技に終始圧倒される。
フォークでブッ刺したトンカツを頬張り、ビールを一気呑み(何なんだあのジョッキのデカさは!)する姿を見れば、誰もが「おっかねえ親父だなァ」とビビる。
あまりの迫力に森雅之、小沢栄太郎、滝沢修といった新劇の重鎮すら霞んで見えてしまう。
反面どっかコミカルであり、ズボンを上まで上げる仕草や、「おいしいおいしいコーヒーを二ぁつ!」の言い方が何とも可笑しい。
個人的に好きな場面だが、小林トシ子と宇野重吉が電車から降りて満天の星空の下を歩き、その後いい雰囲気になった二人が櫓に登って星座の神話を語るシーンが良かった。あの櫓の管理人もいい味だしてたなぁ。
なお電車シーンでは親子がターザンの絵本を読んでいるくだりがある。ターザンが勇敢にも崖を飛び越えるところで宇野が彼女を連れて車両を降りる。
そこで櫓の上でエウロペに恋したゼウスが牛に化けて、「わたしと一緒に行きましょう」と彼女を連れ去っていくお伽噺を聞かせる。
ターザンやエウロペのように君も勇気を持って飛び出そう!と言わんばかりに小林トシ子に求婚までしてしまう宇野重。意外と大胆。
ヒロインの小林トシ子はちょっと魅力に欠けるのだが、確か当初この役は高峰秀子に配役が決まっていたはずである。
デコちゃんの自伝『わたしの渡世日記』で詳しく書かれているが、デコちゃんのキャスティングをする際に当人には内緒で大金を騙し盗った悪党がいたそうな。
勝手に出演話が進んでいたことに当惑したデコちゃんに「そんなケチのついた仕事は辞めた方がいいよ。その代わりに今度からちゃんとあなたのために脚本を書くからね。」と木下監督が話して、その後のこの名コンビ誕生のきっかけとなったという。
だけど、阪妻とデコちゃんの共演を観たかったなぁ。
さて、三男を演じるのがのちの変人役者の大泉滉。本作では見た目はイケメンなのだが後年の姿を彷彿させるようなオーバーアクトが印象的。
くだらないけど大泉の「うんこ!」の台詞には何度観ても吹き出してしまった。
■映画 DATA==========================
監督:木下惠介
脚本:木下惠介
製作:小倉浩一郎
音楽:木下忠司
撮影:楠田浩之
公開:1949年12月1日(日)