netfilms

悪い男のnetfilmsのレビュー・感想・評価

悪い男(2001年製作の映画)
3.9
 明洞の昼間の雑踏の中を男はふらふらと生気の欠けた表情で歩いている。繁華街の喧騒を抜け、デパートの前のベンチに腰掛けた女に目をやると、少し離れた所から彼女の様子をしばらく見ていた。物静かなヤクザのハンギ(チョ・ジェヒョン)は、清楚な女子大生のソナ(ソ・ウォン)に恋をしていた。ベンチの横に座った時、女は明らかな拒絶反応のような、侮蔑の表情を浮かべる。彼女の傍には彼氏がやって来て、親しげに話しかけるが、男は振り向きざまに彼女の唇を奪う。それが男と女の出会いだった。大学生の彼女とヤクザで粗暴な男とは最初から住む世界が違う。そこには明確な階級差が横たわっている。キム・ギドクの映画ではしばしば、男たちは意中の女たちの姿を凝視する。その視線は視姦スレスレの行為であり、覗き部屋においてもヴェンダースの『パリ、テキサス』のようなある種の情緒などどこにもない。ハンギは血走った目を見せながら、女の全てを凝視する。その姿は処女作『鰐』同様に、彼の覗き見る女性がまるで世界の全てだと言わんばかりに。

 清純そうに見えた女もその実、スリを働く。エゴン・シーレの画集を見ながら、女は男女がまぐわう絵をそっと破り取る。上質紙を切り取る際に微かに聞こえるビリビリと破れる音に女は恍惚を感じるのだ。フェティッシュで多少歪んだ芸術への憧れを持った彼女を、汚れた大人たちはゆっくりと毒牙にかける。うっかり魔が差したでは済まされない悪への堕落の瞬間を、最底辺の男たちが見逃すはずなどない。夜の街にひっそりと隠れた男の姿は『鰐』の主人公を想起させるが、それ以上に夢遊病者の彷徨いを秀逸なタッチで描いたスコセッシの『タクシー・ドライバー』を真っ先に思い出す。誰が裏で糸を引いたのかの違いはあるものの、男はいかがわしい売春に手を染める彼女の姿を寡黙に凝視する。夜の街は、不眠症の夢遊病者たちをテロリストにも変質者にも邪悪な魔物にも変えてしまう。しかし男はただひたすら純粋に女を想う。純粋なる想いが残酷だとは知る由もなく。勃起不全の男はマリア様に縋りながら、赤い服を着た少女の夢を見る。
netfilms

netfilms