ねむ

ラヴェンダーの咲く庭でのねむのネタバレレビュー・内容・結末

ラヴェンダーの咲く庭で(2004年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

フィギュアスケートのプログラムで聴く、甘くドラマティックなテーマ曲が突出して有名な映画。現在どこの配信にも出ていないため、古いDVDを買うか、絶滅寸前のレンタルショップに行く以外、鑑賞方法がない。最近、どうしても見返したくなって、レンタル落ちを購入。もともと好きな映画だったけど、見返しによってさらにぶっ刺さってしまい、未翻訳の原作も買って読んでしまった(安かったから)。

ちょうどWW2の開戦期に当たることに今回気づいたけど、そんな戦争の暗雲とは無縁に見えるイギリスの海岸地方で暮らす、浮世離れした老姉妹。軍人だった父の遺産で暮らしており、働いてはおらず、裕福ではないがそこそこの(家政婦を雇い、午後のお茶を毎日楽しむ程度の)生活を送っている。穏やかだが変化の乏しい田舎暮らしのまま、人生の終幕にさしかかっている。

嵐の翌日、海岸に流れ着いた青年を救うが、彼はポーランド出身で英語を話せず、事情もわからないまま二人と共に暮らすことになる。才能あるバイオリン奏者の美しい青年に、老いた妹は惹かれていくが…という物語。

姉がマギー・スミス、妹がジュディ・デンチという名優の共演に、青年がまだ若いダニエル・ブリュール。言葉がわからない彼は言葉によるコミュニケーションが取れない異質の存在で、海岸沿いの静かな村に突如現れた妖精さんか、天使のように感じられる。(原作では容姿の美しさもあって、再三「王子様」と表現されている)

「年齢差恋愛」というテーマの映画はあるけど、60代と20代…。これで男女が逆ならギリギリありという幻想を抱ける(「鑑定士と顔のない依頼人」とか)かもしれないが、残念ながら女性が60代というのはまず100パー無理、正直恋愛ものでここまで「無理」という設定はそうそうなく、非常に純度の高い悲恋であり、また残酷な設定ともなっている。

途中で村に謎めいた年上の美人が現れ、予想通りダニエルくんは無邪気に彼女に惹かれていくが、この二人の関係の描き方も品位があり、好感が持てる。

映画では青年の素性が明かされないまま終わるが、原作では特に裕福ではない天涯孤独の青年で、ドイツから(おそらくアメリカを目指して)出港したものの、嵐のために航路をはずれ、1人海に投げ出された…という事情は語られている(船自体は難破していない)。こうした事情を映画で明かしていないのは、姉妹にとって青年が童話の王子のように神秘的な存在だった、という原作の意図を汲んだと思われる。

流れ着いた王子を助けるが、言葉でコミュニケーションをとることができず、最後は悲恋に終わる、という流れはアンデルセンの「人魚姫」を完全に踏襲しており、「童話」を意識した物語といえる。

原作ではほとんど出てこない、青年と村人たちの交流を膨らませて描いているところは映画の良さ。まだテレビもなかった時代、おそらく村で唯一のラジオがある姉妹の家に、村人たちは正装して集まってくる。たったひと夏、田舎の村に奇跡のように降り立った美しい青年の思い出を、みなが思い思いに噛みしめるクライマックス。これから世界大戦に突入していく時代を思うと、余計に泣ける。
ねむ

ねむ