Hario

いまを生きるのHarioのネタバレレビュー・内容・結末

いまを生きる(1989年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

【2016年劇場鑑賞作品71作目】
午前十時の映画祭7(3)

朝の10時から映画観るって贅沢。

26年振りの鑑賞。まずは思い出話から。日本では1990年の3月に公開。よく覚えてるのは、小学校を卒業した春休みに1人で新宿の歌舞伎町まで観に行ったから。学生証まだないのに子供料金で観れるのかとか無駄な心配をしていた(←実年齢より老けていたので)。

監督のピーター・ウィラーといえばハリソン・フォードの『刑事ジョン・ブック』が大好きだったし、ロビン・ウィリアムズという素晴らしい俳優が出るという宣伝と可愛らしい高校男子(当時の私からするとちょっと年上のイケメンのお兄さんたち)が沢山観れるというよくわからない目的で観に行った作品だった。イーサン・ホークのことは『エクスプローラーズ』で知っていた。それと高校男子の中の何人かが宣伝来日で「いいとも」に出ていて、1人が恋に翻弄するノックスを演じたジョシュ・チャールズで、一番好きだった。

ロビン・ウィリアムズ(キーティング先生)が厳しい規律の全寮制男子校のOBで英語の教師として赴任してくる。伝統や規律の中で将来を約束された進学校の生徒たちがキーティング先生の型破りな教えにより、自分たちの殻を破り成長していく。

と書くと、主人公はイーサン・ホーク演じるトッドだったのかな?目立った行動をしてるのは、ルームメイトであるニールだったけど、クライマックスを思うとやっぱりトッドかな。キーティング先生はその全てのきっかけという感じ。クライマックスどん!で終わるタイプの作品。

キーティング先生が語る詩や詩人が12歳の私にはちんぷんかんぷんで、Seize the dayという言葉も全然ピンと来ていなかったが、いま観てみると伝わることが多い。ホイットマンって名はこの26年のうちに映画やドラマや本で何度もお目にかかり(印象的だったのはBreaking Badかな)、詩や詩人の話が退屈ではなくなった。

キーティング先生の教えも改めて自分自身にも訴えてくるものが多かった。「作者の意図ではなく、自分がどう感じたかを考えろ」とは、日々映画を観ていてもそうだと思った。翻訳をやる上で作者の意図を読み取らなくてはいけないけど、自分がどう感じたかも知らなければ自分の人生を生きることはできない。

いま大人の心で観て、大変良い作品だったと思う。また劇場で観れて良かった。

字幕翻訳が松浦美奈さんだったけど、当時は違ったはず。翻訳し直したのだろう。分かりやすく読みやすい素晴らしい字幕でした。
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