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キッスで殺せ!のkuronoriのネタバレレビュー・内容・結末

キッスで殺せ!(1955年製作の映画)
2.5

このレビューはネタバレを含みます

アルドリッジ作品としてではなく、「マイク・ハマーものの映画化」としての側面からレビューしてる人があまりいないので、そっちの方から。

「おお、マイク・ハマーだぜ!」と期待して観るとかなりガックリくると思うんですよ 。というのは、主人公のキャラクターがまるでマイク・ハマーらしくない。
この映画の主人公は、典型的なハードボイルド私立探偵的な雰囲気をまとった描かれ方をしています。でも、マイク・ハマーというお方は、こんな人ではありません。もっとイカれた野郎ですし、いわゆる「ハードボイルド」とは対極のところに棲んでいるお人なんです。
「ハードボイルド私立探偵小説」と括るときに、いつも「マイク・ハマーは入れるのか?」というのはちょっとした問題になるのです。そんな感じ(笑)。

「ハードボイルドって言うけど、何をボイルしてるのさ?」と問われれば、答えは「卵」。「固ゆで卵」ですね。黄身を心に見立てています。つまり、固ゆで卵は、なんかあっても心がプルプルゆれたりしないわけです。
元々は純文学の文体のことで、ヘミングウェイが「殺し屋」という短編で、感情表現を廃した文体を使うことによって、逆に事態の切迫感等を強調してみせたのがはじまりです。
これを実際に私立探偵の経験者だったハメットが、ミステリーの分野に持ってきて「ハードボイルド私立探偵小説」が生まれました。
と、いうわけで「ハードボイルド」は「非感情」の世界なんですね。どんな悲惨な情況にあっても動かされず、冷徹に粛々とやるべき事を遂行する。

翻って「マイク・ハマー」。彼は「非感情」とは真逆の「激情」の男です。
この私立探偵の物語は、oo7シリーズが出てくる前の時代に、男性向けの「エロスとバイオレンス」的な匂いを売り物にした通俗小説としてヒットしたシリーズです。(只、現代の過激な描写に慣れた読者にはそんなにせまって来ないと思います。何しろ第二次世界大戦の戦後すぐくらいに流行った作品です。)
彼は戦争帰りの私立探偵で、愛用の銃は軍用のコルト45。
秘書は百万弗の脚線美を誇るブルネットの美女ヴェルダ。彼女自身も私立探偵のライセンスを持っていて、マイクのために男顔負けに荒事に踏み込んでいきます。
警察には親友のパット・チェンバースがいて、彼の顔を潰さない限り、大抵のことには融通をきかしてくれます。
そして、だいたいのストーリーラインは決まっています。毎度おなじみの展開です(笑)。
私立探偵という設定ですが、依頼人に雇われて事件が始まるのは、このシリーズにおいてかなりのレアケースです。殆どの事件は「仕事」ではありません。ではなんなのか?
大抵は、マイクの(なんらかの形での)知人がブッ殺されるところからはじまります。
マイクは、必ず犯人を探し出し、コルト45をそいつのドテッ腹にぶち込んでやることを誓います。作中何度も繰り返して誓います。それをどんなふうにやってやるのか、相手にどんな恐ろしい思いをさせてやるつもりなのか詳細に誓います。
事件関係者をまわって捜査という名目の挑発行為を繰り返します。その途中で保護欲や性欲を掻き立てるような美女と知り合い、恋におちます。
そのうちに、暴かれてはいけない何らかの事情を抱える誰かが、マイクを消しにかかることになるのですが、彼はそれをことごとく返り討ちにします。
ところが、いよいよ真相に迫ったと思った時にドンデン返しがあり、真犯人は自分が恋に落ちた相手であることが判明し、絶体絶命の危機に陥ります。しかし、追い詰められたギリギリの瞬間に、なんらかの方法で形勢を逆転し、彼女に予定どおり45口径をぶち込んで、哄笑と共に立ち去るわけです。
作品によって多少の違い(例えば本作の原作では、当局に拳銃携帯の許可を取り消されてしまうので、45口径は使えません。なのでオイルライターが代わりを勤めます(?))はあっても、どれも大体はこんなところであります(怒られそうだな(笑))。
通俗でしょ?
PTAが、読んではいけませんリストに入れる本の典型です。
というわけで、私は、実はマイク・ハマーシリーズはハードボイルド私立探偵小説の皮を被った復讐物語なのだと思っています。明らかに話のカタルシスは「いかにして犯人をぶち殺すか」という点にかかっているのであります。

やっと映画の話になりますが(笑)
この映画の魅力的な冒頭部分。これは実は、ほぼ原作どおりなのです。ミッキー・スピレインの雰囲気を非常に上手く再現しています。
ところが、この映画をカルト的にしているラストにかけての展開。これは全くの映画オリジナルです。原作では箱の中身はもっと早くにわかりますし、あんなものが入っているわけではありません。
結果的に、冒頭で死んだ謎の哀れなお姉ちゃんの敵討ちが焦点になるわけではなく、話があさっての方向へいっちゃう。
正直に言いましょう。原作ファンにとって「謎解き」なんてどうでもいいのです(笑)。マイク・ハマーという陽気なサディストが犯人に血の復讐を果たしてくれさえすればいい。
なのにラルフ・ミーカーは陰気な顔で、「謎解き」しようとばかりしている。挙げ句の果に「あんなもの」開けて。
全くけしからん(笑)。

そんなわけで、この作品が映画として非常に興味深いものであるのは理解っているのですが、原作ファンとしては「こんなのマイク・ハマーじゃねえ!」と思ってしまうのであります。
こういうものが作りたいのなら、マイク・ハマーではなく、もっとハードボイルド寄りの所に立っている私立探偵を主人公にした方が良かったのでは?
いや、もしかしたら逆に、もともとがちょっと「アレ」なマイク・ハマーだからこそ、作ってたら自然とこうなっちゃったのかもしれませんが(笑)。
普通のハードボイルドだと思ってたら、ドンドンとんでもないところへ行っちゃう映画なら、私はミッキー・ロークの「エンゼル・ハート」とかの方が好きです。
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