たと

江分利満氏の優雅な生活のたとのレビュー・感想・評価

江分利満氏の優雅な生活(1963年製作の映画)
4.1
原作は第四十八回直木賞受賞作、山口瞳『江分利満氏の優雅な生活』。この回での候補作は八編だったが、選考委員は始めから『江分利満氏の優雅な生活』と杉本苑子『孤愁の岸』に手応えを感じて選考に挑んでいたようだ。2作の受賞となった。

岡本喜八監督は最も好きな自作として本作を挙げており、「監督としてやりたいこと(同年代の主人公の歴史)と、言いたいこと(戦中派の感慨)の両方がいけた」と語る。
無理に一言で言い切ってしまえば「戦中派のやりきれなさ」(『現代小説事典』真鍋元之の解説による)がテーマとなっている。監督自身も1943年に東宝に入社するが、すぐに徴用。終戦は陸軍予備士官学校で迎えるが、多くの友人を亡くしており、劇中の江分利満氏に重ねて観る事も出来る。
妻はテタニー、息子は喘息。酒乱。会社では遅刻常習犯、数字が弱く70から数えるのが怪しくなる。口笛が吹けなくて、機械音痴のためカメラの撮り方も分からない。母親が亡くなるが、残った父親は若かった頃になまじ成功もしているためいつまでも山師的な性分が抜けない。どこにでもいるような小市民の江分利満(=Every Man)が語る「神宮球場は恥ずかしい。情けない。悲しい。」や「カルピスは恥ずかしい。」という心情の吐露は戦中派でないと真には理解は難しいだろうが、ここにはある種の後ろめたさ、罪悪感を見る事が出来る。悲しくて重たい物として語るのではなく、あくまでユーモアたっぷりのペーソスで語るそれは戦争時の自己の体験、記憶だ。時代の流れで戦争の一歯車となり、気づけば終戦。その虚脱感と敗北感が、青春の象徴である神宮球場を恥ずかしい物として回想させる。一人語りを延々と続ける劇中の終盤では登場人物が辟易としてどんどんと中座するが、この映画の観客にも映画自体が失速してきたように感じる。小林信彦もここで評価を下げたようだが、これはダルいと感じるほどに「ああいう時代や、ああいうことはもう終わったんだ」という最後の一言を効かせるためのフリだろうと思う。
大伴家持の「我が宿のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕かも」という一首がつぶやかれるが、戦中派の江分利満(=Every Man)の憂悶の情が仮託されてるだろう
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