ノストロモ

エルミタージュ幻想のノストロモのレビュー・感想・評価

エルミタージュ幻想(2002年製作の映画)
4.6
映画というものがある時間をとどめるものであるなら、これほどストレートな作品もないだろう。
ある男がふと目覚めるとそこは帝政時代のエルミタージュ前だった。まるで導かれる様に入館した男はほどなく、真っ黒な衣服に身を包んだフランス外交官キュスティーヌ(実在の人物)と出会い、彼に先導される形で広大なエルミタージュ館内を彷徨する。

そのコレクションの多さと建物自体の壮麗さ、広大さで有名なエルミタージュ美術館を舞台に、華やかなりしロマノフ王朝の軌跡を辿る幻想の旅路を90分ワンカット一発撮り!という狂気の作品。これはエルミタージュの優雅な紹介であり、ロマノフ王朝の歴史を辿る旅で有り、そして華やかなりし中世貴族社会へのレクイエムでもある。
本作の原題はロシアン・アークだがその言葉通り、エルミタージュを方舟として各時代の王や女王、果ては美術館として解放されたあとの現代市民までが本作中では同時に存在しており、主人公はそんな時空の垣根を越える形で各時代の事件や人物と出会い、時にすれ違っていく。
エルミタージュの内装はもちろん、当たり前の画面を流れていく数々の名だたる美術品達に、要所で聞こえてくる音楽、また場面場面で登場する数多くの役者達の衣装から身のこなしまで全てが統一した美意識に貫かれた見事なもので、ボーッとそれらを鑑賞しているだけでも十分な見応えがあるが、やはり極めつけはラストの舞踏会。西欧貴族社会の一つの頂のような華やかさをこんなにもスムーズにフロアからの視点で拝める映像が他にあるだろうかという圧巻のシーン。
そしてそんな華やかな時間もいつしか終わり、広間の扉は開け放たれ、人々は退出していく。同じく広間を出ようとする主人公に対し、ここまで旅を共にしたキュスティーヌは言う「この先になにがある?私はここに残る」。一方、退出者の熱気でざわめく大階段ではふと「人生最後の舞踏会だったような気がするわ」という誰かの言葉が聞こえる。
その言葉通り、20世紀に入るとほどなくしてロシアとその王政は終焉を迎える。
どうしても「ワンカット一発撮り」という技術的にキャッチーな部分がクローズアップされがちな作品だと思うけど、いざ観てみればなるほどその手法でしかありえない独特な臨場感が、作品の本質とダイレクトに結びついた必然の傑作であるということが一発で理解できる、そんな作品。現世の時空から遊離した方舟で永遠に繰り返される舞踏会には、本作を観る者だけが迷い込むことを許される。

余談だが、大友克洋原作のオムニバスアニメ映画「MEMORIES」内のEP1「彼女の想いで」と本作はどこか共通する雰囲気がある。あちらも傑作。
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