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ヴィザージュのericoのレビュー・感想・評価

ヴィザージュ(2009年製作の映画)
3.8
ルーヴル美術館に収蔵された、初の映画だそうだ。なるほどね、この映画は絵だ。だから明示的な物語は存在しない。

ツァイ・ミンリャンらしく、観ている者が戸惑うほどの長回しも勿論健在だが、戸惑いながら結局視線を外すこともさせてもらえない。それは、わたしたちが存分に想像することを許される時間なんだと思う。絵を観るとき、人はひとりひとりが心のなかで物語を紡ぎだす。この映画を観るときにも、きっと同じことが起こるのだろう。

映画監督を演じるリー・カンションの前に現れるのは、トリュフォー組の常連だった俳優たち。なかでもジャン=ピエール・レオーとファニー・アルダンが主役級の扱いを受けるのは、特に彼らがトリュフォーと公私に渡り親密な関係を築いたことに理由があるのだろう。(因みにジャンヌ・モローやナタリー・バイも出ている)

この映画は死を描く映画だ。今のジャン=ピエールやファニーの顔、体。スクリーンにそれらが映し出されるとき、なぜかトリュフォーという人の死の重さを、確かな手触りで感じる。彼らの顔は、トリュフォーの死を悼み、ある意味で受け容れて、今という時を迎えているのだろうから。彼らの老いは、トリュフォーの死とともに歩んだ時間でもある。

劇中では、リー・カンションは母を亡くしたことになっているけれど、彼にとってのツァイ・ミンリャンは、ジャン=ピエールにとってのトリュフォーに共通する。彼を形成してきたものはある面でツァイ・ミンリャンであることは疑いがなく、逆もまた真なのだろう。だからわたしたちは、リーの顔を通して、ツァイ・ミンリャンという不可思議な人間に触れている。

ところで、もちろん顔には年齢相応の老いが認められたとは言え、御御足の美しさは全盛期と変わりなかったファニー・アルダン。「日曜日が待ち遠しい」とか、ひさしぶりに見てみたいなぁ。
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