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突然炎のごとくのotomisanのレビュー・感想・評価

突然炎のごとく(1961年製作の映画)
4.0
 魂ひとつに身体もひとつでは我を持て余してしまう。そんな思いで30年、多くの願いを殺し続けてもう限界。
 夜の鏡、疾うに若くなくなった自分を映しながら、心の底にたまった自らの死屍累々たるを感じて、生きることの味気なさをどう清算しようと思い巡らすのだ。そして、この男なら道連れになるかとジムの存在を鏡の隅に感じながら、彼もまた止まり木のひとつに過ぎない事を虚ろに思う。

 世界の様相を一変させる大戦と夫を死地に送り出した結婚生活と子育てとに女盛りをふいにして、巡ってきたのは戦後の荒廃と狂乱のパリ。カトリーヌには奔放さを貴ぶ軽薄が親の目を盗んだ子どもの悪ふざけのように見えるだろう。
 ベル・エポックに輪をかけて一斉に数知れぬ種類の花が咲く世界に身一つの自分がどの花に向かえばいいか、からだが一度に千あれば、万あればこの世界の襞全てを総覧できるだろうに。
 それを尻目に衰えてゆく自分をどうして許せるか。許せないから自分も世界も顔で笑って、こころで嘲笑って死んでやる。
 からだ一つで事足りる男たちにはこんな女の内側は到底分からない。その分からなさ加減をその通り描くとトリュフォー監督の「突然炎のごとく」が出来上がる。

 女をやっと灰にして立ち去る男の足取りの軽さ。骨壺に押し込められて死んでも千の風を自由にできない女の歯噛みを想像することは叶わない。
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