レインウォッチャー

外科室のレインウォッチャーのレビュー・感想・評価

外科室(1992年製作の映画)
4.0
泉鏡花の掌編小説を原作として、一時間弱に映像化。
あの歌舞伎の坂東玉三郎氏が監督ということで少々驚いたけれど、すこし調べてみればなるほど演者としても作り手としても鏡花とは縁が深い方のようで、確かに今作も流石の解像度だった。

明治、ある貴族の夫人(吉永小百合)が難病のため手術を受けんとするが、直前になって麻酔を頑なに拒否する。うわごとで秘密を口走るのが怖いから、と。凛と座していた執刀医・高峰(加藤雅也)は、つとメスを取る…

原作はごく短いテキストながら、手術室内での会話などはかなり原文に忠実、朗読をしているような独特のマナーもあって、リスペクトがうかがえる。
いくらか足されている場面もあるのだけれど、それらも原作に注意深く補助線を引くように丁寧。台詞をほとんど増やすことなく、夫人と高峰の邂逅を膨らませている。池を挟んで向かい合う二人、柳の葉越しに見る揺れた表情はしばし時を引き延ばして、彼らへの手向けとしているようだ。

冒頭から、画面いっぱいに降りしきる白い桜、這う白蛇と、清張さと死の予感をあわせもつ白のイメージが刷り込まれる。手術室も霊廟のように白ければ、横たわる夫人もまるで既に魂が薄れたように蒼白い(原文にも、" 純潔なる白衣を絡いて死骸のごとく横たわれる "とある)。
やがて、そこに閃く赤が鮮烈に映える(" 雪の寒紅梅 ")。それは後半の小石川植物園における躑躅の色へと受け継がれ、圧倒的な生命の炎となって焼き付く。

潔癖といわれた鏡花らしい、たおやめぶりかつストイックな世界観を見事に表していると思う。欲を言うなら、もう一声インモラルな妖しさが欲しかった気はするけれど…(※1)

躑躅は別に《てきちょく》とも読めて、行き悩んで足踏みをするという意味がある。花の毒性と絡めてこの当て字となったようだ。白の奥に隠して募った狂おしい情念に、なんとも似合い過ぎていないだろうか。

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※1:おそらく鈴木清順作品のせいで基準がバグっている。
清順×鏡花の『陽炎座』を始めとする一連の清順作品も今作も、プロデューサーとして荒戸源次郎氏が共通らしい。今作の成立は、彼の手腕によるところが大きかったのだろうか。

また、夫人の取り巻き役に『夢二』ガールズ(広田玲央名、毬谷友子)がいる!と思ったら、そもそも玉三郎氏も出てたのであった。(ノーマークすぎた)