海

フェノミナの海のレビュー・感想・評価

フェノミナ(1985年製作の映画)
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愛が怒りになる、すべてが感情になる。きみの手の中、胸の上、黒い髪のたなびくそのさきで、心を持たないものたちが粉々に砕けて生まれ変わる、少女はたらちねの母になり、世界が溺れる。蜘蛛は熱風に糸をさらけ出す、標本になる蝶はすべて自然死したものならいいのに、やわらかい喉を噛み切ろうと牙を剥く。いつ自分が指を差されてしまうか分からず怖いでしょ、生きることは地獄だといつも感じていた。 数年前、誰も居ない海を見たくて、30人弱しか住人の居ない島に渡った。岩場に落ちた鳥の死骸を見たとき、自分の中の、善悪とか美醜とかってカテゴリーがめちゃくちゃに壊れたような気がした。ある人はわたしにこう言った、「私は色んなものを見てきた、死も自殺も自傷も再生も、だからこそ、海ちゃんみたいに、世の中の暗い部分や歪んだ部分を描いた作品を良いものだとは思えない。娯楽だとは思えないから」。何度それを聞かされても、わたしはそんなふうには思えなかった。ほとんど闘いだったな、わたしが何かを知るごとに嫌になるのは、誰かの感情よりも意志の方だった。わたしは、そういう人間だった、家が燃えると言われても本を捨てられないような。だけれど生や死を描く映画や絵画や詩、それをうみだした誰かの指さきを、単なる娯楽だなんて考えたことは一度もない。水族館で気づくとひとりぼっちになっていたとき、水槽の中は未知の既知だった、水槽の外は既知の未知だった。クジラの骨をはじめて見たときも、そんな気持ちになった、こんなにもどこかへ帰りたいのに、こんなにもどこへも帰りたくなかった。しかし何もかもがひとつだった。世界中の何もかもが、わたしに集結していて、わたしの中にあり、血管のように繋がっている、ただ漠然と、そんなふうに感じていた。 生きることは地獄だ。その手ざわりはいつまでも変わらないと思う。殺したくない自分がわたしの中に居て、天国を信じなくてはならない理由があって、消してはならない炎がある。意志だけで生きていくことは、わたしにはきっとできない。あなたに向ける愛にはわたしのあらゆる感情が食い込んでいる。やわらかさと強情さの両方で、美しいと呼びたい、そのかなしいいとしさ。「皆と違った特徴を持つと苦しい。皮肉や哀れみや拒絶に打ちのめされる。大衆は人の気持ちなど考えない」。ジェニファー、あなたこそがわたしの味方だった。スカートで産んでは消した、光と翳、わたしの永遠の少女。
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