あなぐらむ

ベルベット・レインのあなぐらむのレビュー・感想・評価

ベルベット・レイン(2004年製作の映画)
3.8
今は無き、新宿グランドオデヲンで鑑賞。

何と言うか、懐かしさと新しさが混在した奇妙な味わい、といった感じ。いつかどこかで観た「香港ノワール」なんだけど微妙に違う。そこが当時29歳の新人監督ウォン・ジンポーの「色」なんだろうとも思う。

黒社会の底辺のチンピラ、イック(ショーン・ユー)とターボ(エディソン・チャン)はボス(チャップマン・トー)の主催するパーティに出かける。それは鉄砲玉を決めるためのくじ引きの意味合いをもっていた。
同じカツラを被った女を皆が選び、秘所にリンゴの刺青のある女を当てた者が鉄砲玉=殺し屋となる。ターボは女を引き当て、それを親友であるイックに譲る。二人でこの黒社会でのし上がって行くのが夢だからだ。
一方大組織のドンであるホン(アンディ・ラウ)に、鉄砲玉が差し向けられるという情報が入っていた。差し向けようとしているのは配下の三人の大幹部らしい。ホンの相棒であるレフティ(ジャッキー・チュン)はそれを察知し、ホンと子どもが生れたばかりの妻(ン・シンリン)に海外に移住するように言い、計画を立てた三人を家族もろとも皆殺しにしようと部下を派遣するが・・・。

物語は若い二人のチンピラと、組織の頂点にある二人の男の運命の一夜を交互に映し出す。そこにあるのはこれからのし上がって行こうとする者と、全てを手に入れ、いつかはその座を追われる者の姿。
これは「世代交代」を象徴的に見せた物語であり、男二人のギリギリの友情を描いた物語でもある。
ほぼ全編夜というのは、香港映画では結構多い。「PTU」がそうだし、同じジョニー・トーの「ロンゲスト・ナイト」もそう。ただこの映画では意識的によくあるモンコックやチムサーチョイの映像を避け、風景に匿名性を持たせて凡百の香港ノワールとの差別化を図っている。
香港の「今」が意識的に削ぎ落とされているからこそ、独特の「懐かしさ」を感じさせるのかもしれない。

主演はショーン・ユーとエディソン・チャンだが、これはひとえにこれからの香港映画を担っていくのが彼らであったという事の証でもあると思う。ショーンはインファナル・アフェア2のヤンに近い感じの寡黙で内省的な、しかしうちに強い狂暴性を持つという役柄。対するエディソンはオチャラケでC調だが友情には厚いという役柄。二人ともインファナル・アフェアの時よりも風格が出てきてて、ショーンの淋しげで虚ろな目や、友情のためにボロボロになるエディソンの姿はとても印象的。ショーンは今回はラブシーンもあって、切なくなるようなキスシーンを見せてくれてますぞ。

エディソンはほんと成長したと思う。役に向かう姿勢が真摯なものになってきてる気がした。言っていれば二番手である今回のような役は、以前の彼にはできなかった(やりたがらなかった)と思う。
対するアンディ・ラウとジャッキー・チュン。なんと直接の共演は「超級学校覇王」以来というのも驚きだが、二人とも「老けてない」というのがなんと言うか。それでいて、どっしりとした貫禄は持っている。スター、である。
アンディのボスらしい落ち着き、ジャッキーの凄みとあの「狂気」。
ウォン・カーウァイの「いますぐ抱きしめたい」のあの二人が死なずにいたら、きっとこんな感じになってるんだろうな、と思わせるようなキャスティングにニヤニヤしっ放し。長時間の二人きりの対面の芝居は息を呑む迫力があった。

脇で登場するエリック・ツァン、チャップマン・トーも香港映画の重要人物たち。エリックは今回はインファナル・アフェアのサムのような策士のキャラではないが、やはり存在感がある。チャップマン・トーはエンディングテーマもアンディと歌っている。久々に観たン・シンリン。この人も老けないなぁ。気丈だがどこか女性らしさも残すボスの妻という役柄は、彼女にはぴったりという感じ。
ショーンの一夜の恋人となる娼婦ヨーヨーには新進女優リン・ユアン。エリック・ツァンが見出した子らしい。蓮っ葉な娼婦でありながら純真な気持ちも持つ女性を健気に演じてました。物語を引き立てる劇中歌(ちょっとインファナル・アフェアを彷彿とさせる)も歌ってます。以後注目。

劇伴はマーク・ロイが手がけている。ちょっと耳についちゃう感じで煩い気もしたが、印象的なスコアではあった。
新鋭ウォン・ジンポー監督の演出はまだ粗いし、統一感もないがポイントポイントで印象的かつ大胆なカットがあって面白い。
先にも書いたアンディとジャッキーの対面の会話シーンの、背景が揺れる手法や繰り返される丸い時計の意匠、地面からの見た目、日本版タイトルにもあるクライマックスの雨の映像と、才気は感じさせる。黒社会ものでありながらどこかソリッドな印象を持たせて熱い映画にしなかった点もクールでいい。

この映画はアンディ・ラウの映画会社「フォーカス・フィルムズ」の製作であり、プロデューサーにはエリック・ツァン、アラン・タムも名を連ねている。
アンディもエリックも新しい才能を見出そうと活動しているのはよく知られているが(アンディはフルーツ・チャン監督に出資。エリックはパン・ホーチョンを発掘)、その二人が認めた才能であるウォン・ジンポー作を見とくのも香港映画好きとしては良いと思う。