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太陽はひとりぼっちの河のレビュー・感想・評価

太陽はひとりぼっち(1962年製作の映画)
5.0
これも凄まじい映画だった。

『情事』での二人の女性と同様、結婚したいかどうか、愛しているかどうかなど、なにもわからなくなってしまう、主人公が自身の複雑性に気づくことで関係性を終わらせるところから始まる。

舞台は証券取引所であり、主人公の母はそこに浸かりきっており、男はそこでうまく立ち回り儲けている。主人公は母含めたそこで欲に取り憑かれたようになっている人々を冷めた目で眺めている。黙祷時の、全てが映る母、半分のみの女、柱から覗き込む男という柱を挟んだ三人のショットにそれぞれのその場との関係性が象徴される。

証券取引所に対して、主人公の友人が以前住んでいたケニアが対置される。現在の主人公の生きる社会の愛ですら複雑になっている物事の複雑さに対して、自然に生きることを羨む。そして、民族音楽がなった途端主人公はケニアの人に変身している。

ケニアのエピソードとして、カバが草食であること、そして草を食べすぎるから殺して調整することが話される。証券取引所での大暴落の後、男の上司が大損して去っていく顧客に対して悪い顧客が淘汰されていくことはいいことだと言うことで、カバが儲けても証券取引所から去らない、欲に駆られた庶民達と重ねられる。

『夜』においては異音が主人公を目覚めさせるモチーフ、ロケットなど空へ飛んでいくものがその目覚めを欲望へと転換するモチーフになっている。ここではそのケニアのエピソードが前者に対応し、後者は飛行機、そしてスプリンクラーによって上空に発される水になっているように思う。そしてスプリンクラーは欲望への転換であると同時に自然へ水を供給するものとして、自然での生活とも響き合っているように感じられる。

主人公はケニアに象徴される自然での生活と証券取引所を纏う男の間で揺れ動く。男と結ばれることは自然での生活を捨て、証券取引所に象徴されるものに踏み込んでいくことを意味する。その葛藤を表すように、主人公が男と関係性を深めようとしたところに木々のショットが差し込まれ、主人公は男を拒絶する。逆に、主人公がそのケニアの友人の犬と触れ合う、自然と触れ合うシーンの後にはその主人公を連れ戻すように不吉な無機物の音が鳴り響く。

結ばれる直前に主人公は自分を見つめる人々の顔の絵に気づく。そして、証券取引所で負けた男が座っていた席を見る。その人々の顔の絵から想起されたのは、母を含めた証券取引所で消耗した、犠牲になった人々、食べすぎたために殺される証券取引所におけるカバ達だと感じられる。

概念としての結婚や愛ではなく、相手のことを深く知りたいという欲求に気づくことで、二人は結ばれる。しかし、それは男のいる証券取引所に踏み込んでいくことを意味する。そのため、二人が近づいていくにつれ映像に不吉な予感が増し、結ばれた後もその不吉さ、緊張感は増していく。

『情事』『夜』、この作品全てに共通するセリフとして「昔と変わった」があり、同じくこの作品にも時代の変化が全ての背景におかれている。自然での生活は過去になったものとして、証券取引所は現在のものとしておかれる。そして最後には、その変化の先にあるものが第二次世界大戦後の束の間の平和の終わり、核競争であることが明示される。戦争のきっかけは不況であり、その舞台は証券取引所でありそこに集うのは金を求める庶民達である。男の車を奪ってそのままの速度で湖に沈んだ酔っ払いは、欲に駆られた人々が向かう未来を示唆しているように見える。そしてその人々はカバと同様に次に来るだろう戦争によって間引きされる。

そしてラストでは、作品内で現れたモチーフが、何かの終わりを迎えつつあるように無機質で不吉なトーンを纏った状態で反復され続け、同時に夜へと向かっていく(その中でスプリンクラーが止められる)。そして、夜になった後に主人公の家に向かう道の暗闇の反復がある。その電灯がUFOのように移動し、原子力の光のように強く輝き始めて終わる。

主人公が男に対して踏み込んでいくにつれ、緊張感、不吉さが増すような演出になっていて、それが高まりきった後に上記のこれまでのモチーフの生命感のない反復、そしてラストの超自然的であり人工的な電灯の光のショットがくる。この度を越した不気味さ、不吉な予感が今まで見たどの映画にもないほど、本当に凄まじい。

追記:
愛の危機三部作は欲望についての三部作でもあり、社会的背景から来る不安、それによる欲望の発生という点でグァダニーノの欲望三部作とかなり響き合うところが多いように思う。そしてこのテーマはパゾリーニとも共通するため、グァダニーノは同じイタリアの過去の監督がやっていたことを現代的なタッチで現代的な背景に置き換えてアップデートした監督なんだと感じた。行きすぎてしまった社会における人間の危機のような。
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