サマセット7

ハウルの動く城のサマセット7のレビュー・感想・評価

ハウルの動く城(2004年製作の映画)
3.8
スタジオジブリ13番目の長編アニメーション作品。
監督・脚本は「となりのトトロ」「千と千尋の神隠し」の宮崎駿。
原作は、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの小説「魔法使いハウルと火の悪魔」。

[あらすじ]
帽子屋の娘ソフィー(倍賞千恵子)は、荒地の魔女(美輪明宏)に呪いをかけられ、90歳の老婆の姿にさせられてしまう。
帽子屋に居られなくなったソフィーは、若い娘の心臓を奪うという噂のある魔法使いハウル(木村拓哉)の「動く城」に押し掛け、掃除婦として城に住み込むことに成功する。
しかし、ハウルこそ、荒地の魔女に恨みを買った張本人であり、ソフィーはそのとばっちりを受けたのだった。
他方、隣国と戦争中のため、強力な魔法使いの味方が欲しい王国の宮廷付魔法使いサリマン(加藤治子)は、かつての弟子ハウルに執着し、出頭を命じるが…。

[情報]
2004年のスタジオジブリ制作の長編アニメーション作品。

原作小説は、イギリスの世界的に著名なファンタジー小説の大家ダイアナ・ウィン・ジョーンズの代表作の一つ「魔法使いハウル」シリーズの、第1作。
主要登場人物の名前や一部の設定などは原作準拠だが、一部キャラクター設定や、戦争関連の展開を見せる物語後半は、原作と大きく異なっている。

スタジオジブリ及び宮崎駿においては、「魔女の宅急便」「紅の豚」「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」と監督作の興行収入を作品ごとに伸ばしていく中、初めて前作の興収を下回った作品である。
とはいえ、今作の興収196億円は千と千尋(316億円)、もののけ姫(204億円)に次いで歴代ジブリ作品第3位であり、メガヒット作品であることは間違いない。

主演のハウルの声優に、木村拓哉を起用したことでも大きく話題になった。
キムタクは当時32歳。男性アイドルとして人気絶頂期にあった。
なお、英語版の声優は、クリスチャン・ベイル(ダークナイト、プレステージなど)である。

今作は宮崎駿作品の例に漏れず、現在、批評家、一般層両方から高い評価を受けている。
米アカデミー賞長編アニメーション部門にノミネートされた。
一方で、ファンの中でも比較的賛否が分かれる作品、という印象がある。

ジャンルはファンタジー。
恋愛もの、お仕事ものの要素も含む。

[見どころ]
美しいアニメーションで描かれる、魔法と世界観の圧倒的描写!!!
相変わらず、久石譲の音楽は最高!!
ジブリ作品史上最もイケメンなキャラクター、ハウルの危うい魅力!!
一見直線的でないが、よくよく考えると深い意味のあるような気がする、不思議なストーリー!!

[感想]
120分、飽きることなく楽しんだ!!
今回初観賞。

さすがはジブリ作品、映像の作り込みが凄い!
冒頭から、国家規模の戦争に突入する、科学と魔法が同居する国の風景が精緻に描かれる。
パレードの喧騒、電車、兵隊の服装など、風景の書き込みはあくまで丁寧だ。
序盤の街の風景で、なんとなく、第一次世界大戦のころのヨーロッパ、特にドイツあたりが元ネタなのかな、という印象をもつ。

今作には複数の魔法使いや魔法的な生き物が出てくるが、魔法の描写の美麗さや不思議さも素晴らしい。
原作準拠の、予想の斜め上をいくハウルの「へこみ方」!!
荒地の魔女の、不気味な手下と輿!
カカシ!犬!
カルシファー!!!
中でも題名の「動く城」が、造型や動きを含め、やはりインパクトが強い。
オモチャ感が強いのは、持ち主の嗜好を反映したということだろうか。
内部の書き込みも、これまでのジブリ作品の中でも随一ではないか、というくらい細密だ。
複数の場所と繋がるトビラ!!
美味しそうなベーコンエッグ!!
呪物で溢れるハウルの部屋!!!
こんな具合で、まずは不思議な魔法の世界を味わっているだけで、楽しく120分は過ぎていくだろう。

もちろん久石譲の音楽も作品に格別の味わいを加えてくれる。
人生のメリーゴーランドはジブリ通して好きな楽曲のひとつだ。

では肝心のストーリーはどうか?

今作は、主人公ソフィーの視点で、魔法使いハウルとの出会いと、恋、家族の形成を描く作品である。
彼女の物語は、ハウルという変わった人物を徐々に知っていく旅である。

最初の出会いの場面の時点でソフィーがハウルに一目惚れし、その後ハウルの押し掛け女房になる、という話だと理解すると、今作のストーリーはわかりやすくなる。
一方で、ソフィーの目的を、自分の呪いを解くことだろうと推測すると、ソフィーが一向に自分の呪いを解くために行動しないため、訳の分からないことになると思われる。

ソフィーの目的の件以外にも、今作ではさまざまな説明が省かれている。
例えば、語り口はソフィーの視点で一貫しており、ハウルや荒地の魔女、サリマンなどの真意や目的についてセリフでの説明は、ソフィーが直接聞いたセリフ以外にはほとんどない。
そのため、能動的に推測するなりして補完しないと、各キャラクターが何を考えてそれぞれの行動をしているのか、よくわからない、ということになりかねない。
こういった語り口は、明らかに意図的なものだ。
おそらくは、後述したテーマに直結したものだろう。
とはいえ、過去のジブリ作品に比べて、わかりにくさは否めない。
よく言えばミステリアス、悪く言えば説明不足な作品、という印象だ。

今作でどっぷりソフィーに感情移入するとまた違うのだろうが、フラットな視線で見ると、過去のジブリ作品と比べて、大きなカタルシスに欠けるように思えてしまった。
この辺り、見る側の資質も問われそうだ。

[テーマ考]
今回初見で私が読み取った今作の主題は「女性が、自分と全く異なる存在である男性と結ばれるということの、不思議さと素晴らしさ」というものであった。

今作が、あえてソフィーの単一視点で描き、ハウルやその他のキャラクターの思考を描かないのは、上記のテーマに照らして、他者の思考は不可知である、という現実の表現であると思われる。

全てのファンタジーが、現実の寓話であると考えると、今作のハウルは、少年の純粋さと利己、恋をした女性から見た男性の美しさと野生、不可思議さと面倒臭さを象徴する存在、と捉えることができる。
彼の美貌と、キムタクの声優起用は象徴的である。
彼のオモチャのような外観の動く城は、男性が歳を経ても抱える幼児性と、要塞のように守ろうとする「ホーム」の象徴にみえる。

そして、男性が、その「心臓」=心と引き換えに得た力(今作中ではカルシファーの魔法、現実には財力や権力か)は、ホームで過ごす者たち(=家族)の生活の糧となると同時に、女性にとっては、全く無益な有象無象、例えば、戦争や何らかの大義に基づく仕事、理解不能な嗜好などにも消費されていくのである。

このように考えると、今作の敵役である荒地の魔女と、サリマン女史の立場も、それぞれ、現実に女性が男性と恋に落ちた時に立ち塞がる障害のメタファーに見えてくる。

すなわち、荒地の魔女は「昔の女」の寓意的存在であり、だからこそ彼女の呪いは、若さを奪うのだろう。
実のところ、この呪いは、ソフィーの感情の状態によって大幅に変動しており、ソフィーの外見は若くなったり老いたりを繰り返す。
逆説的に、若いだの歳を取っているだのいうのは、こと恋愛においては気の持ちようだ、というメッセージも受け取ることができよう。

一方で、ハウルの師匠であり、ハウルと酷似した近侍を複数侍らせるサリマンは、恋する女性にとっての、男性の母親的存在のメタファーと捉えることができる。
すなわち、今作最大の敵役がサリマンであることは、恋する女性の最大の障害は、姑であるということを意味するわけだ。
なるほど、サリマンが差し向けた斥候の相手をするのは、城の住人ばかりであり、肝心な時にハウルはどこぞの戦場に出向いたままだ。

このような視点で今作のラストを見ると、ソフィーにとって何もかもが上手くいった、大団円であることがわかる。

[まとめ]
世界観描写とストーリーの深読みを楽しむタイプの、スタジオジブリによる大ヒットした魔法ファンタジー作品。

キムタクの声優っぷりもなかなか良かった。
今作のキャラクターの中では、カルシファーとマイクルが好きだ。
これはおそらく、宮崎駿監督の狙い通りだろう。