松井の天井直撃ホームラン

BOX 袴田事件 命とはの松井の天井直撃ホームランのネタバレレビュー・内容・結末

BOX 袴田事件 命とは(2010年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

☆☆☆★★

※ 1 未だに収監中の死刑囚袴田巌…いわゆる《袴田事件》に対して、真っ向と“冤罪だ!”と主張する本作品。力作です。

最近では『それでもボクはやってない』が記憶に新しい、冤罪問題に取り組んだ社会派の本作品。
古くは今井正監督の『真昼の暗黒』や、熊井啓監督の『帝銀事件・死刑囚』等の名作が有りました。
今回の袴田事件に対して、敢然と冤罪事件として全編で警察側の非を糾弾する姿勢は、『帝銀…』に近い物が在ります。

2・26事件を経て、玉音放送〜昭和天皇崩御で終わる昭和の歴史を背景に、萩原聖人演じる裁判官熊本典道と、新井浩文演じる死刑囚袴田巌が、対照的な立場として描かれて行きます。
その際たる場面が冒頭近くに有る。2人が列車に隣り合わせて、東京へ上京して来る下りでしょうか。その2人が、あの時の事は気付かぬ様に《裁判官》と《被告人》とゆう立場で、法廷で顔を合わせる。
当時の曖昧な供述調書を基に脚本が作られていますが、映画はこの事件が完全な冤罪だ!…として描かれ、1人の死刑囚を生んでしまったと苦悩する裁判官。
「自分の方が殺人犯なのではないのか?」…と。
当時の司法制度そのものにも問題は在ったのでしょうが、人が人を裁く矛盾を鋭く抉る内容です。

調書を冷静に分析する、萩原とは対照的な裁判官の1人として。出番は少ないのですが、保坂尚希が登場して、激しい意見交換がなされます。
慎重に判断して、“疑わしきは罰せず”の萩原に対して。他に疑わしき人物が無い際は、真っ先に“疑わしき人物を罰せよ”の態度を主張する保坂尚希。
観客側は、数多くの矛盾を突き付けられた後の為に、保坂の態度に対して完全に悪役的な匂いを感じて観てしまう。
映画本編が《冤罪事件》として描いているので、当然なのですが。一方で保坂尚希の考え方自体にも一理は在る。
お互いに犯罪現場をリアルタイムで観ていた訳では無く。保坂はあくまでも調書に証拠として採用している限り、“それに基づいて”の言動にしかすぎないからです。
熱い萩原聖人に対して、この保坂尚希の冷たい裁判官は絶品の演技だったと思います。

保坂以外にも、石橋凌や大杉漣:ダンカン等の脇役陣の悪役っぷりも素晴らしく。この悪役達の人物像によって、映画はエンターテイメント性すら持ち合わせる構図になっていた。
カメオ出演の國村隼の使い方には、ちょっとニヤリとしましたね。

ところで、監督の高橋伴明ですが。ご存知の様に女優の高橋恵子と結婚後は、彼女の影響からか、宗教的な作品が多くなって来た様に感じます。
前作の『禅』に続いてこの作品では、一見すると宗教的な物は、無い様に見えますが。新井浩文が十字を切る場面や。萩原が苦悩する場面。そして駅のプラットフォームや、萩原と新井が最後に雪の中を走り出す場面等の描き方に、どことなく宗教的な匂いを感じました。

かなりの力作で見応え充分だったのですが。時代考証に対して、ところどころでおかしなところが在りました。例えば静岡警察署の外観やトイレ。また大学で萩原が講義する場面の学生の着衣等で。昭和40年代には有り得ない箇所が見られるのは、とっても残念なところでした。
また、萩原が再審棄却になったのを知り。家庭内で暴れ出す場面も、個人的にはやりすぎな演出に思えました。
どうでも良い事なのですが、萩原の奥さん役が葉月里緒奈だったのに気が付いたのは、映画が後半に入ってからでした(汗)

※1 その後冤罪が晴れ、無罪判決を勝ち取ったのはご承知の通り。

(2010年6月5日ユーロスペース/シアター1)