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『少年』に投稿された感想・評価

丽遥

丽遥の感想・評価

3.8
少年が最後に本当のことを話しながら流す涙が切ない😭彼が本当の感情を他人の前で発露させることができるようになってよかった😭世界に際して宇宙人にも人間にもなれなかった少年が人間になって流す涙の美しさ😭どちらにもなれない苦しみに共感の嵐😭

眼鏡をかけさせられて見える景色とかワイドスクリーンでできる歪みはそれが少年の見てる世界だったんだなと思わせられた。スクリーンはそのまま少年にとっての世界を映し出していたのかもしれない。少年はラストになるまではっきりと人前で本心を出さないけど、時折黒や藍色、茶色の単色スクリーンになるときは世界から色が消えたみたいでやはり彼は荒んだ気持ちだったり諦念だったり、沈んだ気持ちを抱えていたのかなと。ただそれは少年以外には見えない世界だったんだろうな。少年が夜の海で一人泣くシーンは汀が煌めいていて美しい。

あと、画面を分割するミザンセヌが少年と普通の世界との断絶を表していた。冒頭のお祭りの屋台でのシーンは、本当に顕著で、真ん中に燈籠が並んでて、それが左側の屋台で賑わう人々と少年を相容れないものにしている。屋台の明るさと少年のいる闇は明暗の対比という点からも対照的だった。これの前のシーンで少年は1人でかくれんぼをしているけれど、鬼となって辺りをぐるぐる探し回っても何も見つからない様子は、少年が探しても探しても世界が見つからない感じで悲哀を誘う。からの断絶シーン😭

他にも病院での示談のシーンは、病院の壁によって運転手が左端に寄せられて抑圧された感じになっていたり、旅館でご飯食べるシーンでは、少年の席と他の家族の席が柱で分割されているように見えていたりと画面を分割する演出がよく見られた。

少年が人間になれたのは、やっぱり当たり屋という仕事のせいで人が死んでしまったからなんだろうな。今まで当たり屋である自分たち側が生死に臨界しているような気持ちだったんだろうけど、仮にも被害者側だった自分たちが加害者にしていた運転手が死んでしまった。この逆転で少年の世界認識が変わったんだと思う。

運転手が死ぬ間際に車から目だけを覗かせているショットに、サルトルの対自を思い出した。少年はいつも道路の脇から車の中の運転手がどんな人かを覗き見て、仕事をするかどうかを決めていた。運転手は当てられても少年の心配をするというよりかは保身に走る。だが、死んだ運転手である少女は死の間際に少年を眼差したのだ。彼女は保身や延命よりもまず少年を見ている。当然少年は運転手に自分を見られると思っていないから驚く。その驚く様はやはり車によって画面右半分が隠れている構図で撮られている。つまり、少年の世界に他者の目が入り込んできたのだ。このとき少年は見られる対象である自分の存在に気づき、対自存在となったのである。
canna

cannaの感想・評価

-
2022/163作品目

大学の講義で鑑賞。
当たり屋の存在を知らなかったため、始めは内容に入り込めず。親が子どもに対して物理的にも精神的にも暴力を振るうっていうのは今の時代じゃ考えられないし、どれだけ親に酷い目にあわされても、結局は親元に戻ってきたこと、最後では少年が親を庇ったのは、見ていて胸が苦しくなった。所々でフィルムが白黒に変わるのは少年の心情の揺れを表しているのかな…。
晶

晶の感想・評価

3.8
少年が当たり屋の旅の間ずっと学生服姿の新入生みたいな素朴な子やったんが余計かなしい
大島渚監督作品。面白かったですね。ストーリーというよりも映像に惹かれるものがあった。なんせ自分がロードムービー好きというのもあるけど、昔の日本の風景や街並みなどが風情あって観てるだけでもなんかいいなぁと思った。暗いストーリーと寒々とした映像もマッチしていたように思う。本作は実際にあった事件を基にしているということで、自分らでやるならまだしも、子供をダシに使ってやるのは一番タチ悪いなと思う。純粋な少年を罪人にする親の罪深さは計り知れない。
雪に散る黒い血
長靴が赤いことを知る瞬間
モノクロの扱い方

なんかすごく好きじゃない瞬間がとても多かったのに夢中になってしまった

気高い
実際に発生した当たり屋一家事件をモデルにし、全国縦断ロケを敢行したロードムービー。

当たり屋一家と噂された同級生を思い出した🤔。夏冬休みのたびに腕に包帯巻いて登校してきた。

1960年に小山明子は大島渚と結婚。プロポーズの言葉が「百貨店の物を何でも買ってあげるから」だったとか。お美しいです。

んじゃんね😝
Moriken

Morikenの感想・評価

5.0
少年よ!なんと気高いのか!
授業の発表で「是枝裕和作品『万引き家族』を通して大島渚作品『少年』を読み解く」というタイトルで批評した。
Omizu

Omizuの感想・評価

4.0
【1969年キネマ旬報日本映画ベストテン 第3位】
実際に起こった当たり屋一家事件の顛末を描いた作品。『新宿泥棒日記』と同年の作品であるがタッチは大きく異なる。

全国縦断ロケによる映像美、少年の繊細な心理描写など大島渚にしては珍しいほど正統派な映画文法をしている。

しかし一方で大島渚らしいアヴァンギャルドな演出もみられ、それらが奇跡的な一致をした素晴らしい作品。

同年の『新宿泥棒日記』は基本モノクロ、部分的にカラーであったが、本作は基本カラー、部分的にモノクロ、セピア、青みがかった画面と使い分けている。

子どもにあんな涙を流させたらいけない。長靴の赤は『シンドラーのリスト』の赤と通じるものがあった。

死なせてしまった命、その重さを少年は10歳にして知ってしまった。それからはもう普通には生きられないだろう。

あの涙は少年期の終わりを告げる涙でもあったのだと思う。

自分勝手な父を演じた渡辺文雄もいいけれど、元水商売の母を演じた小山明子、こんな正統派な演技も上手いんだと新たな発見だった。

正統派な演出をしつつも、画面の色を変えたり、歪んだ画面をつくったりと独自の演出もしっかり噛み合っている。時々おっというシーンがあり退屈しない。
きつくて、途中からずっとお腹痛かったです
新しいと思いました
【「万引き家族」的だがそのテーマは全く異なる。当たり屋を“家業”とした歪んだ家族を描く悲惨なるロードムービー】

「太陽を盗んだ男」、「家族ゲーム」、「復讐するは我にあり」、「泥の河」、「お引越し」・・・それぞれジャンルもストーリーも大きく異なる作品たちだけど、これらの邦画が持つ、じめっとした空気感と独特な怪しさと脆さと歪みを内包した映画としての“色気”(エロスという意味ではないです)がとても好きで、本作にも何かその“邦画の色気”を感じずにはいられません。

物語は、日本全国を転々とし当たり屋を“仕事”といって行う家族の話。最初は親が当たり屋をやっていて、困窮した生活が続く中、次第に息子にも当たり屋をさせて生計を立てていくという話で、形は違いますが「万引き家族」に通ずるものがあります。

ただ、通ずるものはありつつも、その根底にある志向は大きく異なります。「万引き家族」は社会格差に対する風刺的フィルターを通して「家族とは何か?」を問う疑似家族による絆の物語であり是枝監督の人情味を垣間見ることができますが、本作は本物の家族でありながら、生計を立てるための“道具”として子どもを使い続ける悲惨な大人都合の世界を大島渚の冷ややかな視点で描いています。それはただ冷たいにあらず生きるためにはその最悪の環境が“当たり前”だとも思っている他の家庭や世界を知らない子どもたちへの同情の念をも感じます。

映画としては、そのユニークな設定に対して、その後の展開、そして作品全体を通しての演出は意外とあっさりしています。もっと色々な出来事が起きるのだろうと期待していたら、この家族の日本での転々とした移動と当たり屋という“仕事”への一部の葛藤を淡々と描き、その設定ほどの奇想天外な展開にはなりません。

その点では、ストーリー面では若干の“物足りなさ”を感じたのですが、実はそれはこの作品に対する私の理解の浅さであったと観終わった後に分かります。この作品、実際の事件をもとにした実話ベースの作品だったのです。前情報無しで観たので、無意識に「こんなことあるわけない」と思っていたのか、完全にフィクションだと思っていました。

実話と知ると、途端にこの作品の捉え方も一変します。こんな無茶苦茶なことが実際に起きていたなんて・・・こんな悲惨な人生経験を経て、その後、この子どもたちはどのように成長していったのだろう。今、どのように生きているのだろう。そして、当時、この子どもたちはそれでもこの両親のことが好きだったのだろうか?両親も子どもを愛する気持ちはあったのか?実際のこの家族のそれぞれの心情に関する疑問が止まりません。

邦画界の巨匠大島渚監督の作品は、20年以上前に観た「御法度」以来2本目。私は晩年のテレビ番組でいつも怒っている頑固者的な印象ばかりが頭にあり、なんとなく彼の作品を遠ざけていましたが、本作を観て、もう少し色々な作品を観てみようと思いました。
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